Magazine Oi!
2017-03-30
小話
元退という処士がいた。
処士とは、仕官をしていない在野の人物。「仕官はしていないけれども」というニュアンスがあり、そこそこ優れた人物をいった。
その元退はすでに七十をこえた老齢というのに、口でものを食べた。
歯がないのに、口で食べるのである。
どうして口で食べるのか、周囲の者がいぶかって訊くと、
「ようやく今になって、歯が邪魔者だとわかった」
と、いっそう元気よく食べてみせた。
2017-03-29
風の又三郎
ディスクを調べていたら、こんな断片が出てきた。

武器商人が呼んでいる
誰を呼んでるの
風をだよ
小学校の学芸会で
どっどどどどうど
どっどどどどう
ガラスのマントを着せられて
風を呼んでたやつ

もしかして、これはランボー+宮沢賢治?

帰って来たのか、あいつが
武器商人になって

風の又三郎が武器商人になって帰ってくるって、ランボーを介さないと思いつきそうもない。
憶えはないが、たぶんランボーを意識していたのだろう。

ついでだから、ランボーと宮沢賢治の生涯を Wikipedia でざっとながめてみた。
するとランボーの生没は、1854年10月20日 - 1891年11月10日。
宮沢賢治は、1896年8月27日 - 1933年9月21日。
どちらも37歳と20日余りで死んでいる。だからといって、因果めいたことを言い出したら言い過ぎだが。
2017-03-27
夕景
ガス灯の下で
切り結ぶふたりの男
ひとりは、黒い帽子に黒いコート
白絹のマフラーで口元を覆い
仕込みの直刀を振るう
これは、あるいは刺客だろうか
脇差しで受けるのは
縞の着流し、眉太く、角刈りの
これはどうやら侠客か

ふたりの客の切り結ぶかなたには
暮れて動きを止めた大観覧車
にぎやかにの入る十二階
ひっそりと夕餉をすごす低い家並み
そのまた向こうは、星の浮きそめる空
美しいのは
影絵のように、人形のように
巡り合わせのままに、切りあうふたりか
それとも
裾にほのかな暮色を残して
深みゆく蒼穹か

この世に客として生まれるのが人ならば
客の中の客たる彼ら
さぞ、さいわい多く生きて
今また最後のさいわいを求めて争うか
ガス灯の下を血が飛んで
この世の分け前を
刺客と侠客のどちらが手にするのだろうか
抱きあって地に倒れ込むふたりの
いずれが今この世を旅立つか

かなたに、黒々と
浮かぶ大観覧車、さんざめく十二階
こともない低い家並み
2017-03-25
故旧
ひさしぶりに届いた手紙は
三年いや四年前と変わりない
描線鋭い黒インクの春画
どこから誰が送ってくるのか
つつがなしや友がき
口ずさんでも思い当たるふしはなく
おれたちをつなぐ何があって
ときおり春画は送られてくるのか
2017-03-22
ある晩
この野郎ふざけやがって!
なにか溜まってたのだろうな、おれ
たまたま入った裏通りの小料理屋で
夜でも朝でも持ってこい!
と怒鳴ったら
てんこ盛りの夜を
どさっとテーブルに叩き付けられて
いや、あわてたよ
しかもべたべたと粘着なやつらしく
たかが夜のくせに
人間関係を迫ってくるではないか
違うんだよおれは
人間関係はもういいんだ、勘弁してくれ
希薄な関係な、わかるだろ
おれ、そういう生き方してるんで
いや、すまん、すまん
もう怒鳴ったりしないからさ
あやまったり慰めたり
あれこれ小一時間もやったかな
急にさらっと
ほんとに急でした
さらさらっと粘りがとけて
そのまま外の闇へ
霧みたいに…
いや、見届けるひまもないまま
消えてしまいました
なんだかこっちまで
しょんぼりしてしまうような消え方で
かわりにもう一度
おやじを怒鳴ってやろうかと
炊事場をのぞいたが
すでに灯落ちて、人影は無し
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