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2006-04-06
妖物
大宮から北
西洞院からは西
油の小路から東
陽成院の御所といえば
寝殿の屋根はぼろぼろ
築地はばらばら、草はぼうぼう
いまや化け物の住処(すみか)
と、できれば都人でさえ
避けて通りたい一帯なのだが
そんなところにも
御所の暮らしはあって
ある晩、大きな池のある釣殿で
番の男が眠っていると
どこからか自分が現れ
枯れ枝のような細い手で
枯葉みたいにさらさらさらさら
男の顔をなでていたら
なんと男は
いきなり太刀を抜き放ち
一方の手で鷲づかみにされて
身動きもできない自分は
「いや、ごめんなさい
 自分は昔
 ここに住んでいた主であります
 浦島の弟であります」
と、わびしい声で言ったのだが
はて、自分はどこから現れたか
ここに住んでいたと言うからには
この池から沸いたのか
また、自分が言うには
ここに住んで千二百年になるという
してみれば、この池も
千二百年前からあるのだろうか
「ほんとうに、ごめんなさい
 もう脅かしたりしませんから
 ここに社(やしろ)を造って
 わたしを祀ってくださいな」
すると男が言うには
使用人の一存では計らえない
まず院に相談してから
と、なんとふざけた返事では
ありませんか
自分は男の体をひっつかみ
上方へ投げ上げ投げ上げること三度
へなへなくたくたとして
落ちてくるところを
ぱっくり大口を開けて
飲み込んだのでありました
ふいに秋の寒さが身にしみて
薄い単衣(ひとえ)をかきあわせながら
さあ、それからどうしたのか
雲の絶え間からもれる月光の中を
またもどこかへ、自分は
消えて行ったのでしょうか

別版 - 妖物白状