Magazine Oi!
トマトは種を抜いてから食え
なんて今ごろ教えられても
すでにトマトは、腹の中で芽を出して
根も張って、とっくに手遅れ
- トマト男
2011-12-17
OITEKEBORI
“ZYOZYAW-SEWKYOK-SHI OMOHIDE” ni naratte,
ttatte, ore kewkanadukai syranaykara,
umak ha ikanaydaraw ga, tyotto yattemiyaw to omoh.

90年代の終りにZIPANGU という全文ローマ字書きの雑誌が出たことがあって、それもヘボン式ではなく、TA TI TU TE TO 式の小学校ローマ字、欧米に文化の理想を見たかつてのローマ字論者やエスペランチストとはおもむきが違い、やけくその欧風といった感じのものだったが、当事者以外の誰もが予想できたように、2〜3号でつぶれた。3号までは行かなかったかもしれない。
ZIPANGUSTUDIO VOICE 並みのハイブロウな雑誌で、グラフィカルも凝っていたが、惜しいことに、もうひとつ目に違和感がとぼしかった。どうせ読みにくいのだから、ZYOZYAW-SEWKYOK-SHI OMOHIDE──これは北原白秋が自身のローマ字版詩集につけたタイトルで、「抒情小曲詩 思ひ出」と読むのだが──これくらいに違和感をかもす表記だと、目にひっかかりができて、10人や20人は読者を増やせたのではあるまいか。

というわけで、白秋にならって「おいてけぼり」をローマ字化した。

Tasika
Honzyo no howdatta to omoh ga
Oytekebori
To yunoga atte
Binbawgokenin ka nanikaga
Higana itiniti
Triito wo tare
Hi no kurekakarkoro
Yawyak ippiki
Triageta huna wo
Biku ni otosite
Kaerikakerto
“Oyteke”
Gikri to atari wo mimawasto
Mata
“Oyteke”

Oytekeyo, Omae
Oyteke, Omae wo

Tasika Honzyo no atarida to Yunara
Kitto koko wa
Honzyo atari no Hori no soko ni tigaynay
Don'yori yodonda minasoko nimo
Kuregatano akatyaketa hikari wa
Nibuk todoite
Nanigasika no
Sekiryaw wa tadayaw nodear

Oytekeyo, Omae
Oyteke, Omae wo

ひっかかりはあるのか、ないのか。
ひっかかりが多すぎて、かえってつるっとしてしまった感じでもある。
それはいいとして、どこが kewkanadukai なのだ。