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2012-11-12
突然マーク・トウェインが読めてしまった
マーク・トウェインの「人喰い列車」はテリー・ギリアムの「クリスマスカード」に似ている。
雪景色が共通している。それと、暴力。



僕は長いあいだマーク・トウェインが読めなかった。
原文で読めないのではない。そんな英語力はない。日本語で読めなかった。
『バック・ファンショーの葬式』という短編集を持っている。
いつも冒頭の「その名も高きキャラヴェーラス郡の跳び蛙」でつまずく。
短篇集を最初の作品から読まなければならない義務はないが、僕は「その名も…」を読みたかった。
「その名も…」はずっと宿題だったので、何度も読みかけた。二、三度は読み終えもした。
でも理解できなかった。
一昨日、寝る前に読みはじめて、突然読めてしまった。
ようやく筋がわかった。そういう話だったのか。
言及を予告されながら言及されることのないW・スマイリーと予定されていないのにヒーローとして語られるジム・スマイリーの二人のスマイリーがいることもわかった。ようやく「その名も高きキャラヴェーラス郡の跳び蛙」が読めた。

最初の「その名も…」が読めると、その次のも、そのまた次のも読めた。
それで僕は、きのうのエントリーに「テネシーのジャーナリズム」の要約を書いた。
マーク・トウェインは暴力的だった。
そのことがテリー・ギリアムを思わせた。
僕はこのごろ暴力に目覚めかけているらしい。
そのこととマーク・トウェインが読めるようになったことは関係していると思う。