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2012-12-15
夜霧の時代

↑霧日数の経年変化、東京と横浜。(出典

50年代、60年代の日本では、都会の霧を歌った歌がさかんに作られ、ヒットした。
70年代に入ると霧の歌は歌われなくなった。少しずつは作られていたのだろうが、ヒットはしなくなった。
歌われなくなった主な理由は、霧が発生しなくなったからだろう。
ヒット時期と上の図を対照させると、そう考えられる。

ヒットした曲にはこんなのがあった。YouTube リンクです。
1956年 哀愁の街に霧が降る 山田真二
1957年 夜霧の第二国道 フランク永井
1959年 夜霧に消えたチャコ フランク永井
1960年 霧笛がおれを呼んでいる 赤木圭一郎
1964年 霧の中の少女 久保浩
1967年 夜霧よ今夜もありがとう 石原裕次郎
1968年 霧にむせぶ夜 黒木憲

「夜霧のしのび逢い」というのもあった。もとはクロード・チアリのギターで世界的にヒットした曲だが、日本では岩谷時子が「夜霧の…」として歌詞を付けた(1964年)。多くの歌手がカバーしていて、それらも YouTube で聞ける。

この種のもので最初というと、このへんだろうか。戦後間もない1947年、映画『地獄の顔』の主題歌としてディック・ミネが歌った「夜霧のブルース」。


この映画はのちに『夜霧のブルース』と題して石原裕次郎主演でリメークされ、主題歌も裕次郎が歌った。
1963年 夜霧のブルース 石原裕次郎

霧や夜霧を歌った歌は70年代に歌謡シーンから消えていったのだが、それを象徴するような曲があって、76年のキャンディーズの曲「哀愁のシンフォニー」は試作段階では「霧のわかれ」というタイトルだった。この曲も、♪あなたの目がわたしを見て、なみだ浮かべてたあの夜のことが…と、やはり夜霧を歌ってる。
もう霧が受ける時代ではない、このごろは霧も見ないし。そういう判断でテーマが代わったのだろう。76年というと、上の図で東京の年間霧発生日がほぼゼロに落ち込んだ年にあたる。

[仮説] 歌謡曲における夜霧の時代は1947年に始まって1976年に終わった。