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2014-11-16
それはそれとして
ver.0
いくら説明しても刑事たちは信じない。
・・・・・
「私を惹きつける二つの根本的問題は、『現実とは何か?』『真正の人間を形作るものは何か?』というものです」――フィリップ・K・ディック

ver.1
いくら説明しても刑事たちは信じない。
それはそれとして、
「私を惹きつける二つの根本的問題は、『現実とは何か?』『真正の人間を形作るものは何か?』というものです」
とフィリップ・K・ディックが言っている。

ver.2
いくら説明しても刑事たちは信じない。
聞く耳がないのだ。
耳がないなんて、はじめは思いもしない。
だが、彼ら3人がいっせいにヘッドフォンをはずすと、3人が3人とも耳がなかった。
耳のあるべきところに耳がない。ただのっぺりしている。耳の穴もない。
それはそれとして、
「私を惹きつける二つの根本的問題は、『現実とは何か?』『真正の人間を形作るものは何か?』というものです」
とフィリップ・K・ディックが言っている。

ver.3
いくら説明しても刑事たちは信じない。
聞く耳がないのだ。
耳がないなんて、はじめは思いもしなかった。
だが、彼ら3人がいっせいにヘッドフォンをはずすと、3人が3人とも耳がなかった。
耳のあるべきところに耳がない。ただのっぺりしている。耳の穴もない。
「署まで来てもらおうか」と長身の刑事Aがいった。
中背の刑事Bと短身のCに両側から腕をとられて、私は身動きを封じられた。
どういうわけで行かなければならないのかと私はきいた。
「任意同行というやつだ」と中背のB。
「何を言っても無駄だ。見ればわかるだろう、おれたちは耳がない」と短身のC。
生きていれば理不尽なことはいくらもある。今がそれだった。今日一日がそうなるのかもしれない。
刑事たちはヘッドフォンを装着しなおした。うまいことを考えたものだ。耳がないのを隠すためのヘッドフォンなのだ。
短身のCは空いてるほうの手の指を鳴らしてリズムをとりはじめた。リズムにあわせて身体を揺らす。自分は音楽好きで、仕事中もこのとおり音楽を聞いている。音楽なしやってくなんて、仕事でも仕事以外でも不可能だね。そんなつもりの演技のようだった。
運河沿いの道を私たちは警察署に向かった。
空は晴れていた。ただ風のせいで運河の水面が波立っていた。
天気のことはそれとして、
「私を惹きつける二つの根本的問題は、『現実とは何か?』『真正の人間を形作るものは何か?』というものです」
とフィリップ・K・ディックが言っている。

ver.4はどうしよう。
めんどうだから刑事たちを運河に投げ込んでしまおうか。
今だけが理不尽なのではない。今日一日が理不尽な日になるのでもない。
長い、そして理不尽な私の逃亡生活がはじまろうとしていた。