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2014-12-31
それはそれとして ver.4
いくら説明しても刑事たちは信じない。
聞く耳がないのだ。
耳がないなんて、はじめは思いもしなかった。
だが、彼ら3人がいっせいにヘッドフォンをはずすと、3人が3人とも耳がなかった。
耳のあるべきところに耳がない。ただのっぺりしている。耳の穴もない。
「署まで来てもらおうか」と長身の刑事(A ということにする)がいった。
中背の刑事 B と短躯の C に両側から腕をとられて、私は身動きを封じられた。
どういうわけで行かなければならないのかと私はきいた。
「任意同行というやつだ」と中背の B。
「何を言っても無駄だ。見ればわかるだろう、おれたちは耳がない」と短躯の C。
「ふふ」と A が笑った。「耳がないのにどうしてお前のいうことがわかるかと思ってるだろう。いろいろ手段はあるんだよ」
「だけど聞こえないのさ」と B。「おれたちは耳がないからな」
生きていれば理不尽なことはいくらもある。今がそれだった。今日一日がそうなるのかもしれない。
刑事たちはヘッドフォンを装着しなおした。うまいことを考えたものだ。耳がないのを隠すためのヘッドフォンなのだ。
短躯の C は空いてるほうの手の指を鳴らしてリズムをとりはじめた。リズムにあわせて身体を揺らす。自分は音楽好きで、仕事中もこのとおり音楽を聞いている。音楽なしやってくなんて、仕事でも仕事以外でも不可能だね。そんなつもりの演技のようだった。

運河沿いの道を私たちは警察署に向かった。
空は晴れていた。ただ風のせいで運河の水面が波立っていた。
天気のことはそれとして、
「私を惹きつける二つの根本的問題は、『現実とは何か?』『真正の人間を形作るものは何か?』というものです」
とアメリカの SF 作家が言っている。

ver.0〜ver.3 - それはそれとして