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2015-11-13
ジオラマ
淀川中流の停泊所。

紀貫之の一行を乗せた船が係留されている。その様子をかたどったジオラマ。一行は土佐国での任務を終えて、都に帰る途中である。物忌み(日が悪い)のため船は二日ほど止まったままだが、都はまぢかとあって人々の顔は明るい。
楽しそうに船から降りたりもどったりしている。みな幼い子の手を引いたり、乳児を抱いていたりする。任地にいるあいだにできた子供たちである。そのなかで貫之夫婦だけは、都を出るとき連れていった子を任地で失っている。このジオラマには彼らの悲しみをきわ立たせる狙いがある。材質は紙粘土、ていねいに作られている。

船室で貫之が女装して「土佐日記」を書いている。例の「男もすなる日記というものを女もしてみんとてすなり」──というあれ。脇に妻が控えている。貫之夫婦がこの場の主役なので、二人の衣装は他の人物よりあざやかに彩色されている。
妻はつまらなそう。夫は文章を書いて気持をいやしているが、自分はそんな能力もない。同じように子をなくしながら、理不尽な思いがある。二人とも同じ日に同じ子をなくしたのに。
男は女の着物を着て女の姿に変われば、気分が浮き立って悲しみが薄まったり忘れたりするかもしれないが、女の自分が女装してもおもしろいことはない。そのことも理不尽である。