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2015-11-27
変態の日
なんとなく変態感がある。
「けんたいかん?」と女がいう。
いや、それは倦怠感。自分が言ったのは変態感。
「そうなんだ」と女。
女の名はマリア。出稼ぎで日本に来た。タガログ語、英語が使え、スペイン語も少しわかる。故郷では小学校の教師をしていた。日本語は日本に来てからおぼえたが、日常会話なら不自由しない。

腹のあたりがぞわぞわする。
腹が痛いと言えば、日本語話者には伝わる。
でも、ぞわぞわはどうだろう。日本語ネイティブなら伝わりそうな気がするが、マリアに伝わるのか。
「変態感だよ」と自分は繰り返す。
「そうなんだ」とマリア。たぶんわかってない。
ぞわぞわ感がしだいに背中に移っていく。来たなと思った。腰椎から頚椎まで、背骨のまわりにぞわぞわ感が集中していく。
昼過ぎに背中が割れた。
ぞわぞわ感がはじまって三時間ほどたっていた。
セミの幼虫みたいに背中が割れて羽化がはじまった。
「なんなの? それ、なんなの?」
マリアは一度だけそういった。それきり黙りこんでこちらを見ていたが、羽化がすすむと泣きだした。
「あたしのことが嫌いになったの?」
そういうことではないのだが、どう説明したらいいか。

立ち上がろうと、割れた背中からはい出した。
自分の抜け殻は見えるが、自分が何に変わったかはまだわからない。