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2015-12-07
影が薄い
影の輪郭がぼやけている。
「なにかあったのか」
と空を見上げると雲ひとつない青空。
不審におもって他の人の影はどうかと見れば、強い日差しを受けてどの人の影もくっきり地に投影されている。ぼけてるのは自分の影だけ。
「ははあ、これか、影が薄いというのは」
ただの言い回しではなく、実際にこういうことがあるのだ。

どうでもいい気もしたが、人にすすめられて医者に行った。
「やはり薄いですな」
とレントゲン写真を見て医者は言った。
影を濃くできるという造影剤を処方してくれた。

家に帰ってネットで調べた。
影の薄い症状はそう珍しいものではないらしい。
原因は心理的なものということになっている。強いストレスが癌の引き金になるとも言われてるから、精神面の不調が影の劣化を引き起こすという見方も否定はできない。
それより問題は処方された造影剤。
いったん飲みはじめたら一生飲みつづけなければいけない。しかも人によって頭痛や吐き気などの副作用が出る。
「そういうことなら──」
高い薬でもあり、自分は飲まないことにする。影なんか薄くなってもかまわない。これまでだって影薄く生きてきたのだ。なにも変わらないではないか。

どこから情報がもれたか、病院からか、薬局からか。NPOだとか民生委員だとか名乗って、しきりに怪しいのが訪ねてくる。影の薄い人を支援する活動をしているとか、公的な補助制度があるとかいう。「赤毛連盟かよ」と思う。例のホームズが謎を解いた詐欺事件である。ほっといてくれ。影なんか薄くてかまわないんだから。