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2016-01-16
沼太郎
芭蕉の一行が月の名所で俳句を詠んでいる。
自分はまだ弟子ではないが、許されて吟行に加わっている。

田んぼに大きな鳥が舞い降りる。
沼太郎らしい。雁の一種だが、それが異様に大きい。馬か牛ほどもある。
みんなあきれて、声も出ない。
こんな怪異は俳句向きではない。どう詠んだらいいのか。そんな顔で沼太郎をみつめる。
芭蕉が「こともあろうに」と言った。
自分はあわてて、「月の名所で」と付けた。

  こともあろうに月の名所で

七七だから発句にならない。そんなことより、師がつぶやいただけなのに勝手に句にしてしまった失態。いや、句としてもなってない。早く認められて弟子にしてもらおうとあせったのだ。
芭蕉がじろりと自分をにらんだ。
何を言われるかと首をすくめていると、やがて芭蕉が、
「まあ、いいか」
と意外に深みのある声で言い、月の昇りかけた寒空の下で連歌の会がはじまる。

以上が、芭蕉七部集のうちでも破格の七七を初句とする連歌集「沼太郎」の由来。