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2016-01-16
アインシュタイン伝
日曜日の中学校。
口実をつくって登校してきた数学教師が、教室に石油をまいて火をつける。
校庭に出て燃え上がる火をながめているところに、消防車やパトカーがやってくる。
教師はパトカーを奪って逃走をはかるが、門柱に激突して逃げそこなう。

取調室で刑事が数学教師に言う。
「惜しいことをしたな」
教師の自供によると、生徒のアインシュタインが優秀で、教師の自分より数学のできるのが気に入らなかった。数学教師より数学の得意な生徒なんておかしい。そんなのがいては、教師の権威はどうなる。いっそうのこと授業をできなくしてしまえ。そう思って放火したという。
「惜しいことをした」と刑事が繰り返す。
「どうせやるなら、殺してしまえばよかったとでも?」と教師がきく。
「まさか。殺しちゃったら元も子もない。あんた、わかってないな。いいか、アインシュタインだよ、相対性理論だよ、ノーベル賞だよ」
「わかるもんか」とつっぱねる教師。「そんなことがあるとしても、将来の可能性にすぎない」
「そうさ、将来さ。あんたは将来、中学時代の恩師という立場になれたのに。アインシュタインの恩師だぞ、惜しいことをしたと思わないか」

市の教育長が警察署長に事件のもみ消しを提案する。
アインシュタイン少年に転校などされてはこまる。アインシュタインを育てた土地としての市の名誉を守りたい。将来数多く書かれるはずのアインシュタイン伝において、ぜひとも市の名前は残さなければならない。そう教育長は言う。
もっともだと警察署長もうなずく。
「ところで」と署長は教育長に言う。「その伝記とやらに、あんたの名前は載るのかね」
「あんたの名前も載るといいな」と教育長。
二人はともに地元の出身で、小中学の同期生。たがいに気心は知れている。
「ではその線で行こう」
と話がまとまる。その線とは、放火事件をなかったことにしてアインシュタイン少年を懐柔し、さらに将来書かれる伝記の中で署長と教育長の名が好意的に言及されるようにする。そういう方向に動くよう事件を決着させようというのである。

はたして彼らの工作はうまくいったのか。
数学教師の嫌がらせのせいでアインシュタインが数学嫌いになったことは、今日では広く知られている。しかし、署長や教育長に触れた伝記は皆無らしい。
放火事件そのものはもみ消せたが、それ以上の工作には失敗したのだろう。