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2016-01-20
プーチンの宿
何かに追われて丘陵地帯を逃げまわっていた。
プーチンに助けられて今は東京近郊の宿屋にかくまわれている。

「用心してね」と宿屋の女将が言う。
宿屋の建物は元クリーニング店。店を閉じて放置されていたのをプーチンが買い取って改装した。プーチン自身はほとんど不在だが(大統領の仕事でロシアにいる)、女将も従業員も諜報機関のスタッフだから気は許せない。そもそもプーチンがなぜ自分のような者をかくまったかわからない。女将に言われるまでもなく用心はしている。
「そういうことじゃないわ」と女将が笑う。考えを読まれたらしい。
女将が帳場にすわったまま、「ほら」と玄関の外を指さす。
少し離れたところから二人の女がこちらをうかがっている。保険か宗教の勧誘といった感じの中年の二人連れ。
「気付かないふりをしてましょう」と女将。
自分も帳場の前に腰をおろして、女将と話をしているふうを装う。
二人の女が近づいてきて、玄関脇の郵便ポストに化粧品のサンプルみたいなものを入れる。
「中国のスパイなのよ」
女将の説明によると、二人は意図せずしてアンテナの役割を果たしているらしく、彼女らのせいで私の居場所が追跡者に伝わるのだという。

ようやく自分の立場がわかってきた。
私は中国の諜報機関に追われて逃げまわっていたのだ。
そして今はロシアの機関にかくまわれている。
わからないのは自分の価値。何が欲しくて彼らは私に関わってくるのか。

もう一度逃げてみようかと思う。
今度は中国とロシアの両方に追われることになるだろう。丘陵地帯を逃げていたときの心細さがよみがえってきて、どうすべきか迷う。だが、今の安楽な環境を捨てることで何かヒントが得られるかもしれない。
「それはどうかな」
いつのまにかプーチンが隣に立っていて、笑いながら言う。また考えを読まれてしまった。
プーチンはクリーニング店員のエプロンを付けている。宿屋をやめて元のクリーニング店にもどそうとしてるのか。彼は彼で迷うことがあるらしい。