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2016-07-01
足跡だけ
足跡が追いかけてくる。
気がつかなければよかったのだが、気がついたのでうるさい。
追い払ってもついてくる。

「足跡だけなの?」
「そう、足跡だけ」
「足音はきこえてる?」
「きこえない」
「そうか、足跡は見えるけど、足音はきこえてないんだ」

人によって価値観や感受性は違う。
五感のありかたが違い、耳が良かったり、目が悪かったりする。それらの逆もある。
そして、違いがあることに驚いたり、驚かなかったりする。
結局、日が沈む一瞬の暗転に「おおーっ」と感受性を集中させるか、その前後をふくめて「いいなあ」と夕焼けの色が変わってゆく様を味わうか。そういう違い。

「その喩えはおかしいよ」と連れが言う。
「おかしいかね」
「おかしいよ。だって日が暮れたら足跡は見えなくなってしまう。きこえるのは足音だけだよ」
「だけど、まだ見えてるよ、足跡」
「見えてるんだ」
「うん、目はいいからね」
目は良いけれど、耳は悪い。話が噛み合っていない気がするのは、そのせいだろうか。相手の言うことがちゃんと聞こえてるのか、聞こえてないのか。理解してるのか。

そのうちに、だんだん足跡が増えてくる。
三人分、五人分、十人分、どんどん増えて、もう何人分とかわからない。
うるさいなあ。とても数えられない。数える気にもならない。
足跡の群に囲まれて、自分だけ地上に立っている。
見回しても連れの姿がない。連れも足跡になってしまったらしい。