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トマトは種を抜いてから食え
なんて今ごろ教えられても
すでにトマトは、腹の中で芽を出して
根も張って、とっくに手遅れ
- トマト男
2016-10-22
T. S. エリオット『荒地』
ヘミングウェイの「エリオット夫妻」は詩人 T. S. エリオットの戯画だろう、と前に書いた。
- エリオット夫妻

エリオットを読んだことがないのに、そんな説を立てていいのか。
気になっているところに、古書市でエリオットの一冊本を見かけたので買っておいた。
新潮社の文学全集のうちの一冊で、戯曲が3本、詩集が1本、その他。1954年刊。
昨日になって詩集だけ読んでみた。吉田健一訳の『荒地』。

こんな一節があった。

  マアゲイトの砂浜。
  私は何でもないことを
  何でもないことと結び付けることが出来る。
  汚れた手の割れた爪。

思うに、当時の民間歌謡のコピペか、あるいはそれらしく装った作者自身の作。
この箇所は、コリン・ウィルソンの『アウトサイダー』(中村保男訳)に引かれていたのでおぼえがあるが、もっとこなれた訳だった気がする。

原文は、

  On Margate Sands.
  I can connect
  Nothing with nothing.
  The broken finger-nails of dirty hands.
  - Eliot, T. S. 1922. The Waste Land

訳そうとすると、"Nothing with nothing" が難しい。日常的に英文と親しんでいれば、吉田訳が直截でわかりやすいのかもしれないが、自分のために訳すとしたら、

  マーゲイトの砂浜で、
  わたしは何を何とも繋げられない。
  汚れた手の割れた爪。

こんな感じになるが、誤訳かなあ。英語だから難しいのではなく、原文でも難しいのかもしれない。

『荒地』の全体はよくわからなかった。
吉田健一の解説によると、「これは神を見失った近代人の荒漠たる世界を扱ったものだとされている」。
「近代人の広漠たる世界」はこの作品が書かれた時代の精神的トレンド。「失われた世代」と似たようなもの。作品が世間的評価を得るには時流に乗っていなければならないが、そのことは作品の理解を歪めもする。それゆえの、「されている」という留保だろう。