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2016-11-06
自我の発見
「なんだ、これは? おい、へんなものがあるぞ」
三つ並んだ時空飛行船の操縦席で、真ん中のジュラがいった。
「どうした、何があった」と右側のジュラ。
「そいつは食えるのか」と左側のジュラ。
「いや、食えない。食えるものではないけど、おれの何かだ」
「だから、なんだよ、さっさと言え」
「k6oWg*#00yK-GvaH@smIepr-jj/uk8Rh」
「なんだ、それは」
「わからん。なんでも ID というものらしい」
「ID だと? なんだよ、ID って。もったいぶってないで、さっさと言えよ」
「識別子ともいうらしい。なんだろうな、識別子って」
三匹のジュラは考えこんだ。
ジュラの脳は小さい。人間の脳の4分の1もない。だからめったに考えたりはしないし、考えたとしても、たとえていえば「???」とクエスチョンマークが頭の中に浮かぶ程度のものなのだが、いまの三匹の脳は無線で人工知能とつながっている。そのためこれまでなかった知識とか思考することとかがジュラの脳内に流れ込んで、脳の機能が拡大している。
本来は考えたりしないジュラたちだが、いまは「???」を超えたなにかが彼らの脳内で動いていた。
「待てよ、おれもへんなものをみつけたぞ」
と、こんどは右側のジュラがいった。
「なにがあった」
「ヒロミだ。ヒロミってものがある」
「ヒロミ? なんだよ、それ。見えるのか? 食えるのか」と左のジュラがきく。
「見えないが、ある」
「見えないのにあるのか」
「ある。名前というものだってよ。通称ともいうらしい」
「おっ、名前というのは聞いたことがあるぞ。だけど、わからんな。ヒロミと名前と通称というのがあって、それがみんな同じものなのか。一つで三つなのか、三つで一つなのか」
「わからん。とにかくヒロミというのがあって、それはおれのものだ」
「勝手に自分のものにするな」
「だけど、おれのものなんだって。そういうことになってる」
「なってるって、誰がおまえのものにしたんだよ。おれは同意しないぞ」
「あのな、おまえら」と真ん中のジュラがいう。「食えないものを、おれのだおまえのだって争っても無駄なだけじゃないのか」
「いいや」と右側のジュラが──つまりはヒロミが──いう。「おれの前足がおれの前足で、おまえらの後ろ足がおまえらの後ろ足であるみたいに、ヒロミはおれのヒロミだ。おまえらのものじゃない」
言い返そうと口をとがらせた左のジュラが、急に態度を変えて「エヘヘ」と笑った。「じゃあ、そういうことにしとこう。ヒロミはおまえのものでいいよ」
「なんだよ、気持ち悪いな。どういうことだ」
「おれもみつけたよ、自分のをな」
「何をみつけた」
「自我というやつだ、おれのらしいよ。おっ、名前もあった。ポールっていうのがおれのだな」
「どういうことだ、おまえらばかり発見して」と真ん中のジュラがわめいた。「おれには自我もヒロミもポールもないぞ。どこにあるんだ、おれのヒロミやポールは。自我というのはどこにある。それとも、おれにはないのか」

真ん中のジュラのためにいえば、そんな心配は無用。いや、三匹ともだ。いずれ自我も名前も ID もみつかる。
すでに真ん中のジュラは自分の ID をみつけた。
右側のジュラはヒロミという名をみつけた。自我もみつけかかっている。
左側のジュラは自我とポールという名前をみつけた。
人間の赤ん坊なら何年もかかる成長を、三匹のジュラたちは人工知能の助けで急速に遂げようとしている。それが人類にとって幸いなことなのか、それとも災いとなるのかはまだわからない。