Magazine Oi!
2016-11-20
落武者
川岸に降りて馬に水を飲ませた。
「馬が飲み終わったら」と馬が言った。「現場にもどるのか」
「現場? 現場ってなんだっけ」
「頭をやられたのか? 源平合戦の現場だよ」
そうか、あれは源平合戦だったのか。
道理で騒がしかったわけだ。
「どうする」とまた馬が言う。
どうすると言われても、どうしたらいいのか。
現場にもどるにしても、その前に考えなければいけないことがある。
自分は敵だったのか、味方だったのか。
どうも敵だったような気がする。
自分が源氏方だったとすれば自分は平家の敵だし、自分が平家方だとすれば源氏の敵なのだ。どちらにしても自分は敵。ということは、負ける側にいるのではないか。
聞いた話でも経験上も、たいがいの合戦では敵が負けて味方が勝つ。
敵は悪いやつで弱いやつなのだから、どうしてもそうなる。味方は正義で、敵は不正義。そして戦いは正義が勝つ。昔からそうなっている。
それなのに、自分は運悪く敵の立場であるらしい。
くそっ、つまらないことに巻き込まれた。
「そうとは限らないぞ」と馬が言った。
「どういうこと?」
「自分は味方だと考えてみるんだ」
自分が味方?
どういうことだ、自分が味方って。自分は敵ではなかったのか。
いや、待てよ、自分が味方だということだってある。
自分が平家方だとすれば自分は平家の味方だし、源氏方だとすれば源氏の味方。
どっちにしても味方ではないか。
それなら勝つ側にいるわけだから、現場にもどってもいい。
「言い訳はどうする」
「言い訳? そんなものがいるのか」と自分はきいた。
「いるさ。合戦の途中で抜けてきたのだ。うまく言い繕わなくてはいけない」
「そうか、そうだな。味方にも用心しろということか」
「戦場では味方も敵。うしろから矢を射かけられることだってある」
「敵も敵で、味方も敵か」
「わかったら、言い訳を考えろ」
「ちょっと悪いんだが」と自分は言った。「馬が勝手に離脱したということでどうだろう」
馬は少し考えるふうだったが、
「いいだろう、そうしよう」
と、あんがい素直に応じ、自分を乗せて駆けだした。
だが、思ったのと方向は逆だった。馬は勢いよく川に踏み入り、さっさと流れを横切って対岸にあがった。
「な」と馬が言った。
そういうことか。そうだな、と自分もうなずいた。