Magazine Oi!
2016-11-28
耳の長い黄色い兎
耳の長い兎がいる。
兎だから耳が長いのか、それともこの兎に限って長いのか。
そのへんが判然としない。色は黄色い。

どうして入れられたかきいてみる。
石の牢の窓越しの会話。窓にほそい鉄格子がはまっている。
「見ればわかるだろ」と兎がいう。
見てもわからない。耳が長いせいだろうか。
「耳が長いくらいじゃ、引っ張られたりしないよ」
引っ張りやすそうな耳だが。
「手が長いからとか、足が長いとかで逮捕されないのと同じさ。おれたちにも人権みたいのはある」
では、黄色い兎だからか。
「たしかに、黄色だったり黒だったりすれば捕まりやすいが、その答もハズレだ」
じゃあ、なんで?
「だから、見ろって」と兎は前肢をあげる。
見ても指は人並みに五本そろってる。これでは嫌疑をかけるに当たらない。
「ちがう、ちがう。外を見ろ」
そういわれて、やっと気がついた。
窓枠の上に金属のプレートが貼り付けてあり、「債務不履行」と罪状が記されている。
なるほど、経済犯の収容棟だったのか。
「あんた、シティーの人だね」と兎がいう。
それこそ見ればわかることで、山高帽にステッキをたずさえた紳士が市場が開く前に道を急いでいればシティーの関係者だと見当はつく。それどころか、貨幣の変動幅はおおかたの他の商品の変動幅より大きく、ときには借り入れが過度になったり、逆に貸し付けが過度になったりして、激しく騰落する。わたしが監獄の中庭に迷い込んでしまったのも、家を出るのがいつもより遅れてあせったためで、われわれは貨幣の価値を一時的に支配することはできても、永続的な支配は可能ではない。言い換えると、平均値からの変動幅を一時的に操作できても、平均値そのものの支配はできないのだ。わかるかな、兎に。
「なるほど、そういうことか」と兎は納得したようだった。
「残念ながら、そういうことだ。われわれも万能ではないんでね」
「では、ささやかな頼みを一つ」
「なんだね」
「今度とおりかかったら、ヤスリを一本置いていってもらえないか」
差し入れてやってもいいような気はした。
「金属ヤスリかね」
「それが望ましいですな」

よく知られているように、イングランド銀行の理事は職業銀行家であってはならない。また今日のイギリスで手形を発行するのは地方銀行だけであって、ロンドンでは主要な送金業務は銀行家の手からすでに離れた。それらのこともあって、今も記憶のすきまに耳の長い黄色い兎がはさまっている、栞みたいに。