to top page
2018-07-27
天使としての常陸坊海尊
ベンヤミンのいう歴史の天使は、抽象的には、メシア、解放者、歴史的唯物論者、過去のものに希望の火花をかきたててやる能力を持つ者、戦闘的な非抑圧階級、などと『歴史の概念について』(通称『歴史哲学テーゼ』)の中で呼ばれている者たち。一括すれば革命家。
具体的にどこの誰が歴史の天使であるか、あるいは天使であったかについては、『テーゼ』にはほとんど書かれていない。「フランス革命は古代ローマを引用した」として、それを主導したロベスピーエルの名があげられるのみ。

歴史の天使の条件から、革命家であることを外すと、天使の候補は一気にひろがる。物語作者、画家、映像作家、一般に創作家はとりあえず条件を満たす。なぜなら、彼らは歴史を書き直すから。偽史や偽系図の作者も候補のうち。

いや、面目もねえ身の果てじゃ。まんず聞いて下されえ。この常陸坊海尊は、臆病至極の卑怯者じゃった。衣川の合戦の折り、このわすは主君義経公をば見捨て、わが身の命が惜すいばっかりに、戦場をば逃げ出すてすもうたのです。いくさがおそろすうてかなわん。死ぬことがおそろすうてかなわん。それでわすは義経公を裏切り、命からがら逃げ失せたのじゃ。(秋元松代『常陸坊海尊』)

常陸坊ひたちぼう海尊かいそんは源義経の家来として諸書に出てくる人物。武蔵坊弁慶らとともに義経の都落ちに同行したが、衣川の合戦を前に「今朝より近きあたりの山寺を拝みに出でけるが、そのまま帰らずして失せにけり」(『義経記』)という。その後の海尊の行方を伝える話が、東北だけでなく日本の各地に残っている。そうした伝承の語り部も天使のうちに入れたい。および、伝承をむしかえす小説家や秋元のような劇作家も。
さらに、成り行きでフィクションの枠を踏み外したか、あるいは好んで外れたか、ほかでもない自分がその海尊のなれの果であると称する人物が、何百年にもわたって各地で実際に出没してきたらしい。現実社会における彼らのあり方は詐欺師だったり狂者だったりしても、自称海尊には生きた天使という側面がある。

わすは、逃げ失せはすたものの、ああ! 済まねえことをばすた、わりいことをばすたと、われとわが身を悔んでおるすが、どうにもならねえのは、われとわが罪深え心のありようじゃ。わすはそん時から七百五十年、おのれが罪に涙をば流すつづけ、かように罪をば懺悔すながら、町々村々をさまようておるす。(『常陸坊海尊』)

秋元松代の海尊は、罪を懺悔するだけでは終わらず、次のような論法でこの世の罪科をすべて引き受けようとする。

世の人々よ、この海尊の罪に比ぶれば、みなみなさまはまこと清い清い心をば持っておるす。わしは罪人のみせしめに、わが身にこの世の罪科つみとがをば、残らず身に負うて辱かしめを受け申さん。(同)

この海尊は自身を救済することはできない。
なぜなら、この世で最も罪深い者という自認が彼の存在理由だから、自身を救済するとその理由を失くしてしまう。
ただし、自分以外のすべてを救済しようとしている。その点で天使である。
ベンヤミンの天使は現在にあって過去を見ている。海尊=天使は過去からやってきて現在を救済しようとしている。
この海尊=天使は、ベンヤミンの天使と異なり、革命家ではない。つまり社会変革の意志はない。
海尊=天使はベンヤミンの概念的な天使と異なり、生身でありながら天使。ベンヤミンの天使には生活がないが、海尊=天使は生活に汚されて非イデアルに存在している。ここでの紹介では省いたが、秋元松代の天使には性もあり、その性がおぞましいものであることが、戯曲の各所でほのめかされている。
ベンヤミンの天使から革命思想・意志を取り除き、かわりに肉体を与えると秋元松代の海尊=天使となる。
秋元以前の自称海尊たちからも、同様の天使性は探れるだろう。