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2018-08-11
忘れものをしてきたような死出
歌麿のモデルをしていた女が死にかけている。
名は、おたか。
知りあいの北斎が見舞いに行くと、彼女は庭で行水を使っている。
「病人のくせに湯浴みなんざいけねえよ」
「せっかくいい人が来るのに、汚れたなりじゃ振られちまうよ」
幼なじみの男が会いに来くるのだという。
庭に面した障子を少しあけておいてくれるように、おたかは北斎にたのむ。
言われたとおりにして、北斎は去る。
夜。障子のすきまから差し込む月の光と虫の声。
やがて庭から男が上がってくる。
情を交わし終えると、男は「さあ、行こう」と強くおたかの手を取る。
「でもまだ仕度が……」
「仕度などいるものか」
ただ虫の音だけの野を行く二人。男は来た時とおなじ旅装束、女もそれまでの寝間着のまま。
女が立ち止まって振り返る。
「どうした」と男。
「……なにか忘れものをしてきたようで
……
思い出せないよ」

以上、杉浦日向子『百日紅』其の十三「再会」のあらすじ。
こうありたいと思わせる死ではないか。
何か忘れてきたのである。でも、思い出せない。
忘れたくないような何かなのだけれど…
悔いや恨みではなくて、思い出せたら心地よいだろうような何か。
あるいは思い出とかではなくて、何かの物だったか。
そんな気もするのだが、やはり思い出せない。

思い出が消えて行くように、自分が消えて行く死出。