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トマトは種を抜いてから食え
なんて今ごろ教えられても
すでにトマトは、腹の中で芽を出して
根も張って、とっくに手遅れ
- トマト男
2014-09-15
エリオット夫妻
夫婦は懸命に子づくりをこころみた。
夫は25歳、妻は40歳だった。
妻が耐えられるかぎり、二人は熱心にそれをこころみた。
新婚旅行の船中でも、上陸してフランス国内をあちこちするあいだも、また、夏の貸し別荘でもこころみた。
その別荘に妻がアメリカから女友達を呼び寄せた。
夫は自分の部屋で暮らすようになり、夜のあいだに詩をたくさん書いた。
夫婦のベッドは、妻と女友達のベッドになった。
夕方になると、3人はプラタナスの下の食卓につき、夫は白ワインを飲み、妻と女友達はおしゃべりをして過ごした。
3人ともしあわせそうだった。
おしまい。

以上、ヘミングウェイの短編「エリオット夫妻」の要約。
で、妻と女友達は同性愛だったのか。
そうは書かれてない。ストーリーの背後まで説明しきるのはヘミングウェイのやり方ではない。
それより、なぜ夫の姓がエリオットなのか。
詩を書くエリオットといえば、当時にあっては(今もそうだろうが)T. S. エリオットである。
実際、T. S. エリオットの妻は病弱で、子供もいなかった。
結論。ヘミングウェイは「エリオット夫妻」で T. S. エリオットをコケにした。

そのヘミングウェイがブコウスキーがコケにされた話。
- 文学でヘミングウェイに勝つ方法

[追記 2016-12-24]
エリオットについて少し調べた。

T. S. エリオット 1888-1965
アーネスト・ヘミングウェイ 1899-1961

ヘミングウェイがエリオットに会ったことはないらしい。
ヘミングウェイはエリオットの作品をかなり読み込んでいたらしい。こちらの論文アブストラクトに、不敬な弟子(irreverent disciple)と。
- Project MUSE - Ernest Hemingway and T.S. Eliot: A Tangled Relationship

二人はともにエズラ・パウンドに引き立てられたことで間接的につながっている。

「エリオット夫妻」を含む短編集『われらの時代に』は1924年にパリで出版された。
翌年、アメリカ版を出すに際し、収録作の「ミシガンの北で」は削除され、「エリオット夫妻」は訂正されたという(福田陸太郎)。
「ミシガンの北で」が削除されたわけは想像できる。性描写が当時としては露骨だったからだろう。
「エリオット夫妻」の訂正理由はわからない。現行バージョンでも、子づくりにはげんだ、子づくりにはげんだ、とさかんに出てくるし、オナニーを示唆するかに読める箇所もあり、それらが旧版ではもっと露骨だったかもしれない。もし露骨だったとすれば、それは T. S. エリオットの名誉にもかかわる。

「エリオット夫妻」でのエリオット氏のフルネームはヒューバート・エリオットだが、アメリカ出身で詩を書くエリオットという設定は、どうみても T. S. エリオットが下敷き。