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2008-07-27
ニーチェ最強
いくらなんでも
それはない
と思うでしょうが
それがあるのがニーチェです

ある晩のこと、本人を仮託されたその人は
つまりは、ニーチェ自身がということだが
眠れないまま浜に出て
羊と羊飼いみたいに眠る人と小舟を見かける
舟はやがて岸を離れる
一時間経ったか一年だったか
どこかで叫ぶ者がいる
「どうしたのだ」
また叫ぶ
「何があったのだ
 血が流されたのか」
そして、その人は誇る
《何もなかったのだ! われわれは眠った、
 みんなが眠った。―― ああ、なんとよく
              眠りこけたことか!》
わかりましたか、彼のの方法が

最強だよ ニーチェ

またある時その人は
あほう鳥が
空高く飛ぶのを見て
《今や、彼は勝利を忘れ、勝利者の誇りも忘れ、
 静かに休らい、漂っている。》
と歌う
わかりましたか、彼のの方法が

最強だよ ニーチェ

ニーチェにあっては
夜、寝そびれて
翌朝、寝過ごしたことでさえ
ただそれだけのことが
感動のタネ
いや、自慢のタネ
あほう鳥が空を飛んでるだけのことが
自信のタネ
もっと言えば
彼の手柄なのです

最強だよ ニーチェ

またある時
夕方になって日が落ちると
彼は歌う
《今や世界は哄笑し、恐ろしい帳(とばり)は落ちた。
 光と闇の祝婚が訪れた。》
あのさあ、それって
日が暮れて、夜になったというだけでしょ
でも、それは
彼の手柄なのです

最強だよ ニーチェ

論とか説とかいうものは
論者に有利な材料と不利な材料を集めて
不利な材料を論破しつつ
有利な材料を配置して
述べて行くものなのだろうが
ニーチェにとって
不利な材料というものはない
砂漠の大きいのも人間が卑小なのも
人と鳥が誤解しあったことも
今が秋であることも
風が吹くことも吹かないことも
盗人が足を忍ばせて歩くことさえも
すべては彼の手柄なのだ

最強だよ ニーチェ

そして、またある時
ペン先が引っかかって
字がうまく書けないものだから
《そこで思い切ってインク壷をひっ掴み、
 太々とインクの流れで文字を書く。
 なんとたっぷり、太々と流れるものか》
うっかりか、わざとか
インク壷をこぼしてしまったことさえ
ああ、ニーチェよ
あなたの手柄なのですね

最強だよ ニーチェ

(注)引用部分は原田義人訳