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2018-11-08
避雷針販売人
フランクリンで思い出した。(⇒「フランクリン嫌い」
避雷針を発明したのがフランクリン。

避雷針セールスマンの図。

19世紀なかばから20世紀はじめのアメリカでは、避雷針ビジネスが盛んだった。
- Guide to Vintage Lightning Rods - Old House Journal Magazine

この器械は避雷針のセールスマンが使った販促小道具。
建物や人間、家畜などを配したジオラマの上に雷が落ちる様子を実演してみせた。

1880年代、ネブラスカ州で避雷針の詐欺的販売が横行した。
- Lightning Rods | History Nebraska
- Lightning Rod Salesmen | History Nebraska

1886年、ケンタッキー州は避雷針販売人にライセンスの取得を義務付けた。
- Moments in Kentucky Legislative History

セールスマンが持ち歩いたサンプルキット。1922年頃。

- レイ・ブラッドベリ「何かが道をやってくる」(創元推理文庫) - odd_hatchの読書ノート

- "The Lightning-rod Man"
- Melvilleにおける言語的過剰と意味的不毛- "The Lightning-Rod Man"を中心に
- ハーマン・メルヴィルの『避雷針売りの男』について

マーク・トウェイン「経済学(Political Economy)」の挿絵

避雷針販売人の歌&曲。これらは現代のもの。
- The Lightning Rod Salesman (Parts I,II, and III) | Trepanning Trio
- Lightning Rod Salesman | J Hacha De Zola

今もある避雷針詐欺。
2018-11-05
フランクリン嫌い
ドン・ジュアンの家僕長は、フランクリン流の知性を持つフランクリンのような卑劣漢。
すなわち、やがて没落する貴族階級に取って代わる未来のブルジョワジー。
この家僕は主人の事業を管理しているうちに財産をつくったが、主人が金銭に対して示すあからさまな侮蔑のゆえに、主人を忌み嫌っている。

ボードレールは、ドン・ジュアンを主要人物とする芝居の案を記したメモで、家僕のキャラクターを上のように設定した。
他方、主人のドン・ジュアンはといえば、

あの、官憲どもに追いつめられた、ジプシーと、驢馬盗人ぬすびとたちを見るがよい。むろんのこと彼らは大変な危険に落ちている。にもかかわらず、私の知らない幸福の要素を彼らはもっていると、ほとんど賭けてもよい。ところで、二人してこの点を確かめて見たいんだが。人里離れた場所ではあるし、この健気けなげな連中にひとつ加勢してやって、官憲を袋叩きにしてやったら、彼らと知り合いになれるかも知れない。この奇異な種族は、私にとって、未知なるものの魅力をそなえている。(阿部良雄訳「ドン・ジュアンの最期」)

と、社会的に劣位にある者たちをうらやみ、共感をおぼえるような人物。
これに対する家僕の返答は、

お好きなようになさるがいい。詐欺師どもを救うために自分の命を賭けるとは、また大貴族の身でなんという奇妙な気晴らしでしょう!

フランクリンとは、勤勉を重んじたベンジャミン・フランクリンのこと。
2018-11-04
マルクス兄弟のアナーキーを手がかりにカール・マルクスを超える
鹿島茂の『怪帝ナポレオン三世』(講談社)を読んだ。
階級のかす、くず、ごみ(「マルクスが浮浪者を憎んだこと」)としてマルクスが蔑視したルンペン・プロレタリアートを、この本は別の方向から切り捨てる。

マルクスやユゴーあるいはゾラは、ナポレオン三世の取り巻きを、ルンペン・プロレタリアートあがりのゴロツキ政治家の集団として描いたが、これは、彼らの頭の中に宿っただけの、実体を持たない虚像である。権威帝政期の大臣たちの多くは、七月王政下で、ギゾーないしはティエールと関係をもっていたオルレアン派の若手、しかも、氏も育ちもエリートの高級ブルジョワジーだったのだ。

『怪帝――』の途中で四方田犬彦の『マルクスの三つの顔』(亜紀書房)に寄り道。こちらは拾い読み。
ナポレオン三世やその第二帝政を論じる者が軽視あるいは無視したがるルンペン・プロレタリアートを、四方田は喜劇俳優のマルクス兄弟とその作品に重ねて再浮上させる。「カール」とあるのはカール・マルクスのこと。

マルクス兄弟が体現しているのは、(中略)悲劇と喜劇の終焉の後に荒唐無稽な不条理をこの地上にもたらすことである。加えて彼らは、カールが唾棄してやまなかった「怪しげな生計を営み、怪しげな素性をもつ、崩れきった道楽者」「浮浪者、元兵士、元懲役囚、徒刑場から逃げ出してきた苦役囚、ペテン師、香具師、たちん坊、スリ、手品師、博打打ち……」の一党を、スクリーンの上でみごとに演じてみせたばかりか、その本来の出自において文字通りルンペン・プロレタリアートであった。

「悲劇と喜劇の終焉の後に……」とあるのは、カール・マルクス『ルイ・ボナパルトのブリュメール18日』冒頭の

ヘーゲルはどこかで述べている、すべての世界史的な大事件や大人物はいわば二度現れるものだと。一度目は悲劇として、二度目は茶番としてと、彼は付け加えるのを忘れたのだ。

を踏まえている。マルクス兄弟のアナーキーを手がかりに、カール・マルクスの世界観をなす二項対立――悲劇対笑劇やプロレタリアート対ブルジョワジー――を超える試み。『マルクスの三つの顔』はそういうベクトルの書であるらしい。
2018-11-04
ファンタスマゴリー
ファンタスマゴリー(フランス語)またはファンタスマゴリア(ドイツ語、英語)とは、幻灯機にその他装置や役者の実演も組み合わせた見世物。現代の技術でいえば、仮想アイドルの初音ミクに実在の中村獅童がからむ「超歌舞伎」のようなものだが、ファンタスマゴリーはおどろおどろしく演じられた。


ファンタスマゴリー(フランス語:Fantasmagorie, 英語:Phantasmagoria, Fantasmagoria)は、18世紀末にフランスで発明された、幻灯機を用いた幽霊ショーである。ベルギーのリエージュ出身の物理学者のエティエンヌ=ガスパール・ロベール(フランス語版)、通称エティエンヌ・ロベールソン(1763年 - 1837年)がパリで行った興行によって有名となり、ヨーロッパ、とくにイギリスで、19世紀を通して流行した。
幻灯機によって、壁、煙、半透明の幕に画像を映写した。しばしば後ろ側から映写し、幻灯機を動かすことで画像を動かし、複数の幻灯機を使用することで画像の瞬時の切り替えを行った。映写されたのは、骸骨、悪霊、亡霊などの画像で、降霊術に深く関わるものであった。(ファンタスマゴリー - Wikipedia

以下は最初期(18世紀末)の実演の模様。四方田犬彦『マルクスの三つの顔』(亜紀書房)による。
ファンタスマゴリーを見ようとしたら、パリのヴァンドーム広場に近い路地を深夜に訪れなければならない。革命によってなかば廃墟と化したカプチン会修道院の墓地を抜け、これも革命直後の動乱で廃墟同然となっていたと思われる礼拝堂で待機していると、やがてロバートソン(ロベールソン)の口上につづいて出し物がはじまり、ランプが消えて暗黒となった場内で、雨や雷鳴、葬式の鐘の音といった効果音とともに闇のなかから何か白く奇妙なものが浮かび上がる。
言うまでもなく、この白いものの正体(?)は幽霊で、観客はたっぷり恐怖を味わって(楽しんで)帰途につくという次第。幻影の背後では、観客側と映写幕の裏側とに同時に2台の幻灯機を設置したり、器械をレールに乗せて移動させ、最後にスモークをたくといった仕掛けが働いていた。演目は、旧約聖書のサムエルの霊がサウルを訪れる光景、オルフェウスと妻の再会と別れ、血まみれの尼僧と地獄の業火で焼かれる修道士など多岐にわたったが、好んで陰惨でグロテスクな死者や幽霊の再来が演じられた。マリー・アントワネットの処刑を再現する一方で、革命の志士ロベスピエールが墓場から蘇生して落雷に倒れるといった光景も。

ロバートソンの興行には、宗教が説く奇跡とやらの楽屋裏を暴いてみせようとする倫理的な啓蒙主義と、観客の無意識的な情動に訴えて恐怖の惨劇を実現させてみようとするスペクタクル的情熱の双方が、矛盾した形で結合して働いていた。(中略)大革命によって従来の迷信から解放され、合理主義の精神を押し付けられたものの、その実まだ理性崇拝の教説に付いてゆうことのできない庶民の心理的間隙を、ロバートソンは巧みに突いた。
2018-10-22
「二流の文学作品を読んだときに呼び起こされる動揺と素朴な興奮」

ルネ・マグリット「暗殺者危うし(The Menaced Assassin)」は、マグリットが1927年に描いたファントマ・シリーズともいうべき連作のうちの一枚。
以下、すべて赤塚敬子『ファントマ――悪党的想像力』による。

構図がルイ・フイヤードのファントマ映画第3作「ファントマの逆襲」の一場面に酷似している。
その場面とは、実業家のトメリー氏が怪人のアジトに入っていくところを、ファントマとその手下が黒装束で待ち構えているというもの。映画ではこの人物は、二人に襲いかかられ、首を絞められて殺される。
ただし、マグリットの絵では暗殺者は単数(Assassin)だから、中央の人物こそがファントマ的存在の暗殺者ではないか。ファントマは不死身だから、襲撃を逃れて生き延びるはず。というか、絵画だからあとは鑑賞者の判断次第。

マグリットに「ファントマについてのノート」と題する掌編あり。和文なら400字詰め原稿用紙2枚ほど。
ジューブ警部は、眠り込んでいるファントマをみつけて縛り上げるが、哀れみの言葉がファントマを目覚めさせる。
意識を取りもどしたファントマは、すでにジューブの囚人ではない。
またも失敗したジューブ。残された手段はファントマの夢に入り込むことだが。

1980年にテレビ映画のファントマ・シリーズを監督したクロード・シャブロルは、
「背筋に震えが走った」
と、この絵(複製だったが)を見たときの感想を述べた。
「それは二流の文学作品を読んだときに呼び起こされる動揺と素朴な興奮である」
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