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2019-05-13
エンゲルスが永劫回帰の説を唱えたこと
エンゲルスが永劫回帰を唱えている、と分子生物学者ジャック・モノーの指摘。

エンゲルスが熱力学の第二法則を否認するにいたったのは、その法則が、人間および人間の思想が宇宙的進歩の必然的所産であるという核心に危害を与えるように、彼の目に見えたからである。彼が『自然の弁証法』の序論のなかで、それを否認し、さらにこの問題について熱烈な宇宙論的予言を行なっていることは意味が深い。彼はその予言で、人類にとは言わぬまでも、すくなくとも《考える頭脳》にたいしては永劫回帰を約束している。 ――モノー『偶然と必然』(渡辺格・村上光彦訳)

これに続けてモノーはエンゲルスの『自然の弁証法』から該当箇所を引用している。次はその一部。

物質はそのあらゆる変貌をつうじて永遠に同一のままであり、その属性のいずれかが失われることはけっしてありえず、したがって物質がそれ自体の最高の開花たる思考する精神をば非情の必然性をもっていつの日にか地球上から根絶するに違いないとしても、物質は同じ必然性をもって、どこか別の場所、いつか別の時代に、思考する頭脳を再生せしめずにはいられないのである。

どこか別の場所、いつか別の時代……。モノーのいうとおり永劫回帰にちがいない。
由来はブランキだろう。
オーギュスト・ブランキの永劫回帰論『天体による永遠』は1872年2月刊。
エンゲルスの『自然の弁証法』執筆開始は1872年または73年。
永劫回帰はブランキだから思いついた史観であって、エンゲルスの行儀からは出てこない。

[追記 2019-05-15]
ブランキとエンゲルスがともに晩年に自然科学に向かったことのうちにある類似性。

とベンヤミンが言っている(『パサージュ論』)
まだ生きてるがエンツェンスベルガーも数学に向かった。
みずからの過去や思想への確信のゆらぎ?
2019-05-09
まつろわぬ者の追放先としての星界
ユダヤの経典に、主神にさからった神々の条があるという。
彼らは業火に焼かれて星になったのだ、と。

エノーク(Enoch)は、多くの星が地獄(Gehennas)の火に焼き尽くされたさまを叙している。それはエロヒームの神がこれらの星に光れと命じたときに光り始めなかったからである。このように星辰は『不逞の天使』すなわち、主上の神から排斥された神々であったのである。 ――アーレニウス著、寺田寅彦訳『宇宙の始まり』(青空文庫

古代オリエントやギリシャの天文観について読んでいるところだが、この「不逞の天使」説はむしろ日本の星伝説を思わせる。

星や月を神格化した神は世界各地に見られ、特に星神は主祭神とされていることもある。 しかし、日本神話においては星神は服従させるべき神、すなわち「まつろわぬ神」として描かれている。これについては、星神を信仰していた部族があり、それが大和王権になかなか服従しなかったことを表しているとする説がある。
全国の星神社や星宮神社の多くは天津甕星を祭神としている。 ――天津甕星 - Wikipedia

天津甕星あまつみかぼしは金星のことという。
ならば、星界で最も明るく光る星が反逆者と同一視されたことになる。
甕星みかぼしの別名は天香香背男あまのかがせお。「香香」とは輝くの意。

天孫降臨に先立って、天孫側は二柱の神を葦原中国あしはらのなかつくにに派遣する。
「蛍火光神、蝿声邪神多くあり、また草木みな言語をよくす」とされたその地で、派遣軍の二神は邪神たちを誅し、草木、岩石までことごとくをたいらげて引き上げるが、甕星を討つことはできず、第二次派遣軍によってようやく帰伏せしめたと『日本書紀』。
また『書紀』に引く別伝では、はじめの討伐軍派遣にあたって、「まず甕星から討つ」との策が出されていたという。
これらをあわせれば、天津甕星は葦原中国の征服にさからった最強で、かつ最後まで抵抗した敵。

日本には平将門と北極星のかかわりもあり、星の世界で最も強く輝く星(金星)と天球の中心に位置する星(北極星)が、ともに反逆者と結び付けられている。
2019-05-05
時計の針が時計回りに回るわけ
なぜ時計の針は右回りに回るのか。

北半球でも、南半球でも、太陽は東から昇って西に沈む。
けれども、左右でいうと北半球と南半球では逆。
地球の北半球では太陽は視界の左側から昇るが、南半球では右側から昇る。芝居の舞台にたとえると、北半球では太陽は下手から昇って、南半球では上手から昇る。すなわち、北半球では太陽は南の空を右回り(時計回り)に回り、南半球では北の空を左回り(反時計回り)に回る。
この相違は、北半球の人々がどちらかといえば身体や意識を南に向けて過ごす時間が長いのに対し、南半径では逆に北向きで過ごすという生活習慣の違いによる傾向的なものだが、物理的には、北半球では太陽が天頂の南側を通るのに対し、南半球では北側を通るという違いがある。

そしてこれらのことが、腕時計や柱時計の針が右回り(時計回り)であることの原因になっている。
なぜなら、これら現代の時計のもとになった日時計の針が右回りであったから。
さらになぜならば、日時計は北半球の文明圏(古代のバビロニア、エジプト)で生まれたから。

次の画像は一般的な日時計。
太陽が大空を左から右へと右回りに移っていくにつれ、文字盤に落ちる影(時計の針にあたる)も右回りに回っていく。
文字盤の数字が、IIII、V、VI、VII、VIII、IX と右回りに増えているのがその反映。


次の画像は南半球の日時計。
文字盤の文字は、VI、VII、VIII、IX、X、XI と左回りに進む。

2019-05-02
天球のはじまり
天球の誕生をとらえたスケッチ。

生まれて初めて街から田舎の牧場などにやって来た子供は、あたりを見廻して、「ボクたちは球のなかにいる。世界は青い球だ」と驚いたようすで口走る。 ――エルンスト・マッハ『感覚の分析』(須藤吾之助、廣松渉訳)

人類が天球を手に入れた過程を系統発生にたとえれば、この子の体験はその個体発生版。
すでに都市というものがあり、街で育った子供の体験だからこのようなものになったが、本質的には原始・古代における宇宙観の形成と同じものであるはず。

以下はマッハによる自注。古代の天文学云々がマッハの科学観の核。

ここで例に挙げたケースは勝手に案出したものではない。私の三歳になる子供の実例に即している。このケースにおいて実際に確定されるのは生理学的〔つまり視覚上の〕事実である。勿論このことは後になってはじめて認識されるようになる。古代の天文学は、こういう素朴な〈視覚上のものを〉物理的なものと思い込む主張から出発した。
2019-05-02
3種の地平線
地平線の図。Wikipedia から。


3種類の地平線(horizon)がある。
現在の Wikipedia 記事では訳語が与えられていないが、これらをどう訳し分けるか。

・astronomical horizon
天文学のフィールドで使うときは、たんに「地平線」でいい。
それ以外では「天文学でいう地平線」などと補う。

・true horizon
日常的な文脈で意識されるのはこの horizon だから、通常は「地平線」で可。
他の horizon と区別する際は「実視地平線」と訳すことが多いようだが、visible horizon と紛れるおそれがある。
混乱を避けるには、「実地平線」が適切か。

・visible horizon
これも true horizon との衝突を避けて「可視地平線」か。

訳語の問題と離れるが、観察者と可視地平線との距離は、実地平線との距離より短いことも長いこともある。
実地平線の手前に森や山脈、高い建物群などがあれば、そこで視界がさえぎられるから、観察者と可視地平線の距離は実地平線より短くなる。逆に、実地平線を越えた地点に船のマストや高い塔などがあって、それらが水平線や地平線の上に頭を出していれば、それだけ視界は遠くまで及ぶことになる。
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