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2012-10-06
安寿のいない夢
外国の空港で入国審査を受けている。
オーストラリアらしい。
かなり詳しい身上書に記入しなければならないが、書類は日本語で、答も日本語で書けばいい。
安物の事務机の上で記入してゆくと、病歴のところに「怪我」の項目がある。
大きな怪我はしたことがないので、「無し」と書いたら、
「怪我のほうはどうなのだ」
と係員がいう。書類を見返すと、「怪我」の項目が二つある。
違いがわからないが、字体も発音も少しずつ違うらしく、一方が大怪我、もう一方が小さな怪我を指すらしい。
自分はあまり怪我をしたことがない。すり傷、切り傷、せいぜい捻挫くらい。
そのことを口頭で説明しはじめたら、ふいに机の下で泣き声があがった。
見ると空港の掃除婦である。
掃除婦は母だった。
人さらいにさらわれて別れ別れになったあと、わたしは人さらいのもとを逃げ出し、大学を出てビジネスマンというものになったが、母はオーストラリアに売られたのだった。
それがわたしと係員のやりとりを聞くうちに、息子だとわかって泣き出したのである。
どうやらわたしは厨子王にあたる人物であるらしい。
それなら、安寿にあたる人物がいるはずなのだが、思い出せない。