桃太郎の村
フィールドワークの実習があった。
自分は村の人間関係を調べた。
桃太郎は、鬼、サル、おばあさんと友好関係にある。
おばあさんは、桃太郎のほか、おじいさん、サルとも仲が良い。
おじいさんはイヌと対立している。
イヌは鬼を憎んでいるが、キジとは仲が良い。
鬼はおじいさんを憎んでいるが、サル、キジとは仲が良い。
キジは、イヌ、サルと仲がよく、鬼とも友好関係にある。
サルは、キジ、鬼、お婆さん、桃太郎と仲が良い。
多少の対立はあるが、村はおおむね平穏と言える状態にあった。
とくに、おばあさんとサルが周囲と良い関係を結んでいた。桃太郎の人間関係も悪くない。
一年後にまた同じ村を調査した。
人間関係が一変していた。
桃太郎は、おじいさん、サルと対立関係にあり、鬼に悪意を持っている。
サルは、おばあさんと鬼を憎んでいる。
おばあさんは、あい変わらずおじいさんと仲が良い。
おじいさんは、キジと対立関係にあり、鬼を憎んでいる。
イヌはおじいさんを憎んでいる。
キジと鬼は仲が良い。鬼はキジとの仲だけが良好である。
憎しみが村に広がっている。
ならば、桃太郎の鬼退治も近いのではないか。
喧嘩の発生や解消、友好関係の樹立などを一つの出来事とすると、いくつの出来事があれば桃太郎の鬼退治がはじまるか。自分なりに数えてみると、6件の出来事がつづくと鬼退治がはじまる。村で起きる人間関係の変化を1日につき1件とすれば、最短6日で鬼退治が行われることになる。
村に危機が迫っているのだ。鬼退治がはじまれば、ほかの人間関係にも影響するだろう。場合によっては、村が壊滅しかねない。
どうしたらいいか助教に相談すると、
「そこから先は、確率、統計の知識がいる」
と、わけのわからぬ答が返ってきた。
「確率とか、統計とか、それって数学でしょ。民俗学の調査なのに数学なんて。そんなことより鬼退治をやめさせなくては──」
「学問とはそういうものではない」と助教は言った。「研究対象のフィールドに介入すべきでない」
いつもの論点ずらし、ことなかれ処世である。助教はキャリアに傷をつけたくないだけなのだ。
とはいえ、自分も単位は落としたくない。ともかく数学科の友人に相談した。
「文系の頭では理解できまい」
と今度は馬鹿にされた。
友人によれば、鬼退治が起こるまでに要する平均イベント数とか、9割以上の確率で鬼退治がはじまる時期とか、そういうものが計算で出せるのだという。自分にはほとんど意味不明だが、それらの計算結果と計算過程は清書して渡してくれるとのことなので、今は答を待っている。
村社会というものは、外から見ていると日々何事もなく平穏に過ぎているようだが、一歩中に入ると、騒がしく、わずらわしく、面倒なものだとわかる。学校とか研究室も同じだなと思う。助教を殴るまでに最短6日も要しない。前々からふざけたやつなのだ。明日にでも殴ってしまうのではないか。
鬼退治まで最短6日という自分の予想については、「考えたな」と友人に言われた。ほめられたのだろう。小学生が大学生にほめられたという図だが。
自分は村の人間関係を調べた。
桃太郎は、鬼、サル、おばあさんと友好関係にある。
おばあさんは、桃太郎のほか、おじいさん、サルとも仲が良い。
おじいさんはイヌと対立している。
イヌは鬼を憎んでいるが、キジとは仲が良い。
鬼はおじいさんを憎んでいるが、サル、キジとは仲が良い。
キジは、イヌ、サルと仲がよく、鬼とも友好関係にある。
サルは、キジ、鬼、お婆さん、桃太郎と仲が良い。
多少の対立はあるが、村はおおむね平穏と言える状態にあった。
とくに、おばあさんとサルが周囲と良い関係を結んでいた。桃太郎の人間関係も悪くない。
一年後にまた同じ村を調査した。
人間関係が一変していた。
桃太郎は、おじいさん、サルと対立関係にあり、鬼に悪意を持っている。
サルは、おばあさんと鬼を憎んでいる。
おばあさんは、あい変わらずおじいさんと仲が良い。
おじいさんは、キジと対立関係にあり、鬼を憎んでいる。
イヌはおじいさんを憎んでいる。
キジと鬼は仲が良い。鬼はキジとの仲だけが良好である。
憎しみが村に広がっている。
ならば、桃太郎の鬼退治も近いのではないか。
喧嘩の発生や解消、友好関係の樹立などを一つの出来事とすると、いくつの出来事があれば桃太郎の鬼退治がはじまるか。自分なりに数えてみると、6件の出来事がつづくと鬼退治がはじまる。村で起きる人間関係の変化を1日につき1件とすれば、最短6日で鬼退治が行われることになる。
村に危機が迫っているのだ。鬼退治がはじまれば、ほかの人間関係にも影響するだろう。場合によっては、村が壊滅しかねない。
どうしたらいいか助教に相談すると、
「そこから先は、確率、統計の知識がいる」
と、わけのわからぬ答が返ってきた。
「確率とか、統計とか、それって数学でしょ。民俗学の調査なのに数学なんて。そんなことより鬼退治をやめさせなくては──」
「学問とはそういうものではない」と助教は言った。「研究対象のフィールドに介入すべきでない」
いつもの論点ずらし、ことなかれ処世である。助教はキャリアに傷をつけたくないだけなのだ。
とはいえ、自分も単位は落としたくない。ともかく数学科の友人に相談した。
「文系の頭では理解できまい」
と今度は馬鹿にされた。
友人によれば、鬼退治が起こるまでに要する平均イベント数とか、9割以上の確率で鬼退治がはじまる時期とか、そういうものが計算で出せるのだという。自分にはほとんど意味不明だが、それらの計算結果と計算過程は清書して渡してくれるとのことなので、今は答を待っている。
村社会というものは、外から見ていると日々何事もなく平穏に過ぎているようだが、一歩中に入ると、騒がしく、わずらわしく、面倒なものだとわかる。学校とか研究室も同じだなと思う。助教を殴るまでに最短6日も要しない。前々からふざけたやつなのだ。明日にでも殴ってしまうのではないか。
鬼退治まで最短6日という自分の予想については、「考えたな」と友人に言われた。ほめられたのだろう。小学生が大学生にほめられたという図だが。