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2016-01-08
冤罪
場所は鎌倉。映画の撮影に使われたりする切り通しの道。
うしろから来た少年に呼び止められる。このあたりでは知られた私立中学の制服を着ている。
「ばくはカイです」と少年は名乗る。「姉さんを殺したのはあなたですね」
なんだ、いきなり。それはないだろう。
「警察に届けました。悪かったと思うなら自首してください」
面倒なことにならなければいいが。
カイと名乗った少年におぼえはない。甲斐だろうか、χだろうか。カイの姉などという人物にも心当たりはないし、だいいち人を殺したことなど一度もない。不意の言いがかりにどう応じたらいいか、まるでわからない。
言いがかりをくつがえすには手間がかかる。テレビや新聞で報じられる冤罪事件では、何十年も要したりしている。年月もかかるし、弁護士とかの専門家の助けもいる。それに支援グループみたいのも存在しないと、冤罪は晴らせないのではないか。
そんな面倒はいやだ。
自分は気持が強くないし、話だってうまくない。言葉をつくして相手の誤解を解くなんて、そんなことできっこない。
だったら、ここでこの子を殺してしまえばどうなるか。
中学生殺しの疑いはかかるかもしれないが、それなら冤罪ではない。晴らすのに一生を費やすような冤罪からは逃れられるのだ。
冤罪か、実罪か。どちらを取るか。
「どうします?」と、こちらの考えを見透かしたかのように少年が言う。
両側にしげった雑草を騒がせて、切り通しを風が吹き抜ける。あのときもこんなだったなと思う。