to top page
2016-02-29
男だけの町
歩いているのは男ばかり、だれもが匕首(あいくち)を懐に忍ばせて。
この町で独りあることは許されない。孤立をさとられた者はすでに死者も同じ、たちまち四囲をふさがれてめった刺しにされ、せせら笑いに送られて町を去るしかない。行き先はあの世だけ。もっともそんな世があるとしてだが。
「そういえば女がいないな」
ふと男はそのことに気づく。
「殺してしまったのか」
そうだったのかもしれない。考えようとしても考えは続かないが、深々と刺し込んだ匕首のおぼえはある。その柄を濡らした柔らかいもの、優しいもの、なま温かいもの、そんな感触が残っているのだが、あれが女というものだったか。

いつの季節も町は風がやまない。
はたはたとはためいて、いつかの夏の売り出しを告げるほこりまみれの幟。
路地の奥でおどる藁くず。
屋根をはなれて高々と舞い上がるトタン板。
木々のこずえの悲鳴を聞きつけて、何かの思いが男たちの胸をよぎらないではないが、それはつかの間のこと。汚れた運河が風に波立つ町を歩いているのは、やはり男ばかり。
それでもめずらしく風のおだやかな午後、運河にも波のしずまる一瞬があって、男たちはつい岸に近寄って水のおもてに自分の顔をうつしてみたい衝動にかられるが、そんなことをすれば背中からめった刺し。油断も隙も見せられないこの町で生きていけるのは、用心深く暗い目の男ばかり。