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2016-05-12
姑獲鳥(うぶめ)
歌舞伎座タワーの屋上に客席があり、向かいのタワーの屋上で芝居が演じられている。
出し物は、2年前に隅田川の岸で行われたという野外公演の再演。
隅田川のときは堤の遊歩道と護岸壁を利用した舞台装置だったらしいが、今回はビルの壁や屋上の施設を活かしたプロジェクションマッピングがメイン。鬼や怪鳥のCGがよく出来ている。
CGの妖怪につかみかかった卜部季武(うらべのすえたけ)が、いきおいで屋上から飛び出してしまう。30階近いビルの屋上だから、かなりスリリングな演出。卜部季武は頼光四天王の一人で、姑獲鳥(うぶめ)に出会ってまったく恐れなかったという伝説がある。
季武が消えると、景色がかわってどこかの山中。手前を川が流れている。いよいよ姑獲鳥と季武の対決場面か。

こちらの客席はほぼ満席。タワーのIT企業にでも勤務してるのか、先端ファッションらしいシャレ者の姿も目立つ。
気がつくと、抱っこ紐で乳児をかかえた女性客が、自分の席の近くにいる。
知り合いだろうか。女性客の顔に見おぼえがあるような気がして、ぞっとする。知り合いなのか、そうではないのか。女性客に気づかれないようにちらちらうかがうが、判然としない。
もしかして姑獲鳥ではあるまいか。
だとしたら、抱っこ紐の中の子は死んでいるのではないか。
姑獲鳥というのは死んだ妊婦が化けたものだから、赤子も死んだのではないか。母子ともに死者なのだ。
いやな気持が募ってくる。彼女が姑獲鳥ならどんな言いがかりをつけてくるか知れない。死んだ赤子を押し付けられたりしたらどうしよう。面倒に巻き込まれないうちに帰ってしまおうか。
そんなことを思いながら芝居の続きを待っていると、卜部季武がこちらのタワーに現れて客席の通路をやってくる。
卜部季武が姑獲鳥に話しかける。
それで、これも芝居の一部なのだとわかる。よく見れば、赤子だと思い込んでいたものも人形だった。それまでの嫌な気分を季武に引き取ってもらった感じで、背中の冷や汗がすっと引いてゆく。

スポットライトの中で姑獲鳥と卜部季武の芝居。
「そんなつもりはなかった」
と季武が姑獲鳥に言う。
他人の心配事を引き受けるなんて、損な役回りをしてしまった。そんな表情で卜部季武がこちらをにらむ。
「そんなつもりはなかった」
と季武は繰りかえす。姑獲鳥に言ったのか、それとも客に対して言ったのか。
姑獲鳥が赤子を差し出すが、季武は受け取らない。
ふいに姑獲鳥が羽根をばたつかせて舞い上がり、急降下を繰り返して卜部季武を襲う。宙乗りをつかった今日一番のスペクタクル。攻撃を逃げまわっていた季武が、「わかった、わかった」といった仕草で客席に残された赤子を抱き上げると、姑獲鳥は一声叫んで夜空に消える。結局、季武が根負けして赤子を押し付けられる流れ。

ストーリーの全体は頼光四天王と将門残党のバトル。でたらめな展開を演技と演出でうまく補っているのが、いかにも歌舞伎らしい。堪能して帰宅。