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[2020.2.20 - 2020.4.7]

2020.4.7 tue.

名詞に性のあること。言語によっては動詞にも。
- 性 (文法) - Wikipedia

生物を指す名詞に性別があるのはいいとして(実際に性はあるのだから)、無生物に性を見るのはアニミズムだろう。
関連記事: 「アニミズム」 関連記事 - Magazine Oi!

2020.4.6 mon.

エイゼンシュテインによる弁証法的唯物論の定式化。
「映画形式の弁証法的考察」(佐々木能理男編訳『映画の弁証法』所収)より。

事物の弁証法的体系が
頭脳のなかへ
抽象的な創造活動のなかへ
思惟の過程のなかへ
投影されて、生ずるのが
  弁証法的な思惟方法であり
  弁証法的唯物論であり
  哲学である

弁証法的唯物論の無理が簡明に表現されている。
これをエイゼンシュテインは一般向けの参考書をもとに定式化したらしいが、まったく同型の考え方はエンゲルスを経てマルクスにさかのぼれる。

私の弁証法的方法は、基本的にヘーゲルのものとは違っているだけではなく、それとは正反対なものである。ヘーゲルにとっては、彼が理念という名のもとに一つの独立した主体にさえ転化している思考過程が、現実的なものの創造者なのであって、現実的なものはただその外的現象をなしているだけなのである。私にあっては、これとは反対に、観念的なものは、人間の頭のなかで置きかえられ翻訳された物質的なものにほかならないのである。――マルクス『資本論』第1巻第2版後記(大内兵衛、細川嘉六訳『資本論』第1巻第1分冊、大月書店)

どうしてこんなことを考えてしまったか。
ここでいう「翻訳」すなわち「人間の頭のなかでの置き換え」が正しく行なわれる保証などはまったくない。「物質的」なものから「観念的」なものへの翻訳が正しく行なわれるなら、人による判断や理解の違いはありえない。
ヘーゲルを転倒させようとして、自分で自分に返し技をかけたかのごとし。

2020.4.4 sat.

スタイルの問題 How to write with style
それとリズム。

2020.4.1

宮田雪脚色・水木しげる絵『東海道四谷怪談』のエンディングは、死後の世界で寄り添う伊右衛門の魂とお岩の亡霊。
下界は討ち入りから引き上げる赤穂浪人の一行。
魂と亡霊は別ものらしく、他の箇所でも使い分けられている。

深作欣二『忠臣蔵外伝 四谷怪談』のエンディングも、伊右衛門(佐藤浩市)とお岩(高岡早紀)の和解で終わる。二人ともすでに亡霊。寄り添う姿が哀切。

政治的。
捕食者と被食者が対峙したとき、先手を取った側が有利であると一般的に考えられているが、トノサマガエルとシマヘビにおいては、先手で動き始めると相手の対抗手段に対して脆弱になってしまうという研究。
- カエルとヘビの膠着状態のメカニズムを説明 -双方にとって後手に回って行動することが有利となる- — 京都大学

2020.3.31

天使の練習帳を更新。「虚実」と題し、忠臣蔵の山崎街道の場について。

2020.3.30 mon. Write With Style

青春の蹉跌(1974年)神代辰巳監督
突然の芹明香。「100円でええねん」。撮影許可なんて絶対取ってなさそうなシーン。 pic.twitter.com/t8XyiPwsPP

— 粒あん (@lowgai_junk) March 29, 2020


Kurt Vonnegut Explains "How to Write With Style" | Open Culture

2020.3.26 thu.

何か変だと感じたら、そこには何か変な事や物がある。
『四谷怪談』第三幕「砂村隠亡堀の場」で、ト書きに入相いりあいの鐘が鳴るとあって、
「もう、入相か」
と伊右衛門が川に釣り竿をおろす。
入相の鐘がなったから、「入相か」と言ったのである。それのどこがおかしいか。
文学っぽいところがおかしい。
時の鐘は具体的な時間を知らせる。それを聞いた者は、「もう七つか」とか、「こんな頃おいか」とかの具体的なことを言うのが普通であって、「入相か」などと気取ったりはしない。
人間だったら気取りは皆無ではない。人生は短い、一日も短い、はや今日も入相の鐘を聞くことよ、などと詠嘆することはある。だが、この時がその時だったのか

2020.3.24 tue. フルヘツヘンド



「これがフルヘツヘンドだ」と寒山がいう。
「寺男の心得だな」と拾得。
ほうきで庭を掃く。
ごみを一箇所にあつめる。
それをちり取りで取る。
けれども、取り切ってはいけない。
少しだけ残しておく。
そうすることによって、掃除をした感じがあたりに漂う。
ごみを拾い切ってしまうと、掃除が行われた痕跡までなくなってしまう。
ごみやちりを少しだけ残しておくと、清浄感が演出できる。
それがフルヘツヘンドだ。

2020.3.23 mon.

松島栄一『忠臣蔵』でW・C・フラナガン『ちはやふる奥の細道』が言及・引用されてる夢。
なるほど、奥の細道紀行も元禄時代のことだったし、芭蕉は赤穂事件と同じ時代の人だったのだ、事件について考えるヒントが『ちはやふる――』にもあるのだな、と思ったりする。
『忠臣蔵』は1964年刊、『ちはやふる奥の細道』は1983年。赤穂浪士の吉良邸討ち入りは1702年、芭蕉は1694年没。

2020.3.22 sun.

機械論。
生物(というシステム)についてジャック・モノーが『偶然と必然』(渡辺格、村上光彦訳)第VI章で言うには、

(このシステムは)いっさいの《弁証法的》記述に抵抗し、それに挑戦しているといってよい。それは根底からデカルト的であって、ヘーゲル的ではない。細胞はまさしく機械なのである。

弁証法的記述とは、主としてマルクス=エンゲルスの哲学を指すが、ここではヘーゲルに遡って批判。
3月21日記事(首なしマイクの前の記事)参照。

人間中心主義。
同じく第VI章で、遺伝子の変化は偶然的、無方向的であり、したがって生物進化の本質も偶然であるとして、

この概念は、あらゆる科学分野のあらゆる概念のうちで、もっとも根本的に人間中心主義を破壊するものであり、合目的性を強く信じてきたわれわれ人間という存在にとっては、本能的にもっとも受け容れがたいものなのである。したがって、すべての生気説的、物活説的イデオロギーからすれば、これはなんとしても追い払わねばならない概念であり、幽霊であるということになろう。

ここでいう人間中心主義とは、人間以外の自然に対して人間の利益を優先したり、人間を上位に置いたりする立場のことではない。自然の事物のうちに人間の思惟や意志と同様のメカニズムを見る考え方を、モノーは人間中心主義と言っている。別の言い方をすればアニミズムで、上の邦訳の「物活説」も原文は animisme (animism)。

参考: 「アニミズム」 関連記事 - Magazine Oi!

2020.3.21 Mike the Headless Chicken


首なし鶏マイク - Wikipedia

Mike, Mike, where's your head?
Even without it, you're not dead!

マイク、マイク、おまえの頭はどこにある?
頭ないのに、生きてるなんて!

関連記事: ラ・メトリーの死 - Magazine Oi!

2020.3.21 sat.

ジャック・モノーに対する批判に、「モノー自身は弁証法的に考えてるのに、事物の弁証法を否定するのはおかしい」というのがあるが、この批判はおかしい。
本来の弁証法は、思弁のあり方、あるいは思弁の術。定式化すると、

ああも考えられる、こうも考えられると考えを深めていって、なるほど、そうも考えられるな、と考えを進めること

弁証法とはこれだけのことにすぎない。
で、この限りでは思惟のあり方といったものだが、これを社会や歴史や自然のあり方に適用したヘーゲルやマルクス、エンゲルスとなると非科学の極みというしかなく、どうして人はそんなものを信じてしまったか。

思弁の術にすぎないものを社会や事物の原理として適用すること、それをモノーは批判した。

2020.3.17 tue.

人間に自由意志はない。
けれども人間は自由である。
このことはサルトルの論「人間は自由であるべく呪われている」で言い尽くされている。
多少の説明を加えても5行もあれば済みそう。

で、だからどうした――ということになる。
言ってまわったところで、尊敬されるわけでもないし、カネにもならない。

2020.3.16 mon.

天使の練習帳に加筆。
杉浦日向子が「惨事」とした赤穂浪人の吉良邸討ち入りを、小林信彦が「虐殺」としたこと。

2020.3.13 mataji

「四天王櫓礎」(文化7年、市村座)の登場人物・栗の木又次は一本差しの風来坊として登場するが、じつは平将門の遺児・将軍太郎良門の配下。
「戻橋背御摂」(文化10年、市村座)の又次は栗ノ木村の住人、じつは平将門の遺臣・海上刑部。
「四天王産湯玉川」(文政元年、玉川座)の栗の木又次は源氏方の武家につかえる小者だが、じつは藤原純友の遺臣・伊賀寿太郎。
以上の演目はいずれも鶴屋南北作。

左の画像は市村座の役割番付(文政12年11月)から。
「花造栗の木又次実は平井保昌」とあり。平井保昌は源頼光の配下あるいは同盟者。
外題は「知仁勇爰頼三津(ちじんゆうここによりみつ)」。頼三津は頼光にかけてあり、この演目も上の南北の3作と同じ「前太平記」の世界。
歌舞伎用語案内というサイトに作者・松井幸三の記事あり。鶴屋南北の片腕として活躍した舞踊作品の名手、文政12年11月に市村座の立て作者となり、翌年38歳で病没と。
この月の南北は、中村座に「金幣猿島郡」を書き、これを絶筆として同月のうちに75歳で死去。これも世界は「前太平記」。

以上、栗の木又次について調べた。
栗ノ木村の又次のことはイメージに残っていたが、ほかにも出てきた。
花造の又次ははじめて。

2020.3.12 thu.

天使の練習帳に加筆。天使の資格について。

2020.3.10 tue. link #無知な教師 #ジャック・ランシエール

コロナのせいでほっとしてる、と。

今日の消費は社交的なものであるとどこかで読んだが、「コロナウイルスだから仕方ない」という理由によって、あまり乗り気でない社交をキャンセルできているのではないか。場所取りも、お酌をするのも面倒なお花見の自粛が出てラッキーだ……。 ――みんなお金を使わない理由を探していたんだ - 関内関外日記

このとおりだとすると、コロナが収束しても社交的・儀礼的イベントの復活は遅れる。
無くても済むとわかってしまったのだから。

人間を結集し、結びつけるのは、集団化の不在なのである。ポスト革命期の指導者たちの思考を石のように硬直させてしまっている、社会における接合剤セメントという考え方を追い払おう。人間が結びついているのは人間だから、つまり隔たりあう存在だからである。

ランシエール『無知な教師』(梶田裕・堀容子訳)から。
ポスト革命期とはいつのことか不明だが、いつだとしても趣旨は通る。原著の出版は1987年。

2020.3.8 sun. link #無知な教師 #ジャック・ランシエール

何かを誰かに説明するとは、まず第一にその人物に向かって、あなたは自分ではそれを理解できないのだと示すことだ。説明は教育者の行為である以前に、教育学の神話、すなわち学識豊かな者と無知な者、成熟した者と未熟な者、知的な者とばかな者に分かれた世界という寓話である。――ジャック・ランシエール『無知な教師』(梶田裕・堀容子訳)

1818年のこと。オランダの大学でフランス文学を教えはじめたフランス人講師がいた。
彼はオランダ語を解さず、学生の多くはフランス語を解さない。講師と学生をつなぐ最小限の何かが必要だった。
当時ブリュッセルで出版されていた『テレマックの冒険』の原文対訳本がそのつながりをもたらす。
翻訳を参考にしながら原文を暗記するようにと講師は学生に求め、暗記が第1巻の半分まで進むと、残りは内容を述べられる程度に理解して読めばいいとして、課程が終わると学生たちに試験を課した。

この物語の感想をフランス語で書けとした試験の結果は、予想を根本から裏切るものだった。
学生に与えた教材と課題がその場しのぎであることを自覚していた講師は、どんなひどい結果も受け入れるつもりだったが、学生たちは自分の知っている単語に相当するフランス語を原文から探し出し、語尾変化の理由まで探って、さらには独力で習得した知識をつなぎ合わせて、フランス語で文章を書くまでになっていた。
講師はこの出来事から、人は自分の知らないことを教えることができるのを知った。
フランス文学の講師という彼の立場は、出来事の意義を多少あいまいなものにするが、少なくとも学生たちが習得した知識が、この講師の与えたものでなかったことは言える。

ランシエール『無知な教師』は、この大学講師ジョゼフ・ジャコトの生涯と教育論をめぐる書。
無知な教師とは、人は自分の知らないことを教えることができるとの意味。

2020.3.6 fri.

天使の練習帳を更新。
杉浦日向子の『吉良供養』について書いた。

2020.3.5 thu.

ルンペンプロレタリアートの問題。
ジャック・ランシエールは『哲学者と彼の貧者たち』所収の「手品によって消された革命」において、マルクスを「資本家と労働者を犠牲にして生きる乞食の王」と呼び、ルンペンプロレタリアートという神話に依拠してこそ、マルクスによる階級分析の知(科学)は可能になり、そもそも階級概念の規定をも可能にしたと主張。また、『ブリュメール』における分割地農民の分析を取り上げて、マルクスの知の崩壊を示そうとした。以上、松本潤一郎『ドゥルーズとマルクス』による。

ジャック・ランシエールの邦訳文献
The Passing : ジャック・ランシエール(Jacques Rancière, 1940- フランス)

ルンペンプロレタリアート関連記事
「浮浪者」 関連記事 - Magazine Oi!

2020.3.2 mon.

天使の練習帳」を再開。
年頭に公開して以来更新できずにいたが、続けられる見通しがついた。

2020-02-28

地球に「第2の月」見つかる 小惑星が3年ほど周回中:朝日新聞デジタル

直径2~3メートルの小惑星が地球の重力に捕まり、3年ほど前から地球を回る衛星になっていたらしい。ただ、軌道が極めて不安定で、数カ月後には再び遠くへ飛んで行ってしまうとみられる。

2020-02-23

陸棲動物になるか、あるいは死滅かの選択を迫られた水棲動物の経験。

彼らはそれまでは水によって運ばれていた所を、それからは足で歩いて「自分自身を運ば」なければならなくなった。恐ろしい重みが彼らの上にしかかった。最も簡単な用事をするにも彼らは自分自身の不器用さを感じた。彼らはもはやこの新しい未知の世界に対する老練な案内者を、無意識的に安全に導いてくれる規制的本能をもたなかった。 ――ニーチェ『道徳の系譜』(木場深定訳)

ニーチェの重力嫌い。
ツァラトゥストラ曰く、「重力が重い」
『ツァラトゥストラ』で言及される重力は、小人やモグラの姿をして、ツァラトゥストラの肩に乗っている。
彼らが肩から降りると、ツァラトゥストラは重力から開放される。

2020-02-20-b

ニーチェ『権力への意志』1063(原佑訳)

エネルギー恒存の原理は永遠回帰を要請する。

2020-02-20 link

ページの動的生成をやめて、手打ちにもどした。
手打ちは自分にあっていると思う。
改行タグ <br> を打ち込む動作が文章を書くリズムを作っていた気がする。かつては。
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ニーチェ『悦ばしき知識』第1書(信太正三訳)から。

隠れた歴史――すべての偉大な人間は、過去へと働きをおよぼす遡及力をもっている。あらゆる歴史は、彼あるがためにふたたび天秤にかけられ、そして過去の幾千となき秘密がその隠れ家から這い出してくる――彼の太陽の下へと。そういうものがいったい今後さらに歴史となるのかは、皆目みきわめがつかない。過去はおそらく今もってなお本質的には未発見のままなのだ! なおも非常に多くの遡及力が必要である!

ベンヤミンの唱えた歴史作法(「歴史の概念について」)は、この辺りが出発点。
彼の論には、敗者の救済と英雄――すなわち勝者――の復活という相反する理念が同居している。
ベンヤミンに限らずだが、哲学者の論を科学として受け取ってはいけない。