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2013-11-13
よぼたま
ある中国人スパイがこんなことを言った。
諜報活動がおもしろいのは、せいぜい4〜5カ国で情報をあらそっているケースで、これが10カ国となると諜報活動というより広報活動になってしまう。
そう言いながら、中国人スパイはメモ用紙にロールシャッハテストのような図を描いた。その図はスパイが多すぎる状態を示しているらしく、よぼたま、彼は図の右三分の一ほどを斜線で消して、自分だったらまずこういう状態を作り出すと言った。

中国人スパイの言ったことも、示してくれた図も、駆け出しのわたしにはよく理解できなかった。

それから一年ほどして、わたしはある宿泊施設の1号室を借りた。2号室は空室、3号室はイギリスの諜報部員、4号室はロシアの女スパイが泊っていた。よぼたま
2号室に忍び込んで3号室のイギリス諜報部員を観察することから、わたしは活動を開始した。英国諜報員が留守のときは、彼の部屋を借りて4号室の女スパイを観察した。

その最中である。わたしは思わず声を上げそうになった。
3号室と4号室は板とガラスの壁で仕切られている。
すのこ状の板張りと、そのすき間を埋める透明ガラス。
3号室の明かりを消して暗くすると、女スパイの4号室からは3号室がのぞけない。3号室からは4号室がのぞける。そういうわけで、3号室からの観察には女スパイの豊満な裸体を味わえるなどの余禄があったのだが、よぼたま、声をあげそうになったのは、そのことではない。
わたしが見たのは女スパイの広げた手帳だった。
そこには、1年前に中国人スパイが描いたのと同じロールシャッハ風の図があった。そして中国人スパイがしたように、右三分の一が斜線で消してあった。それに加えて、よぼたま、女スパイの手帳では、左側の三分の一も斜線が引かれていた。中国人スパイがすでにこの世にいないことを、わたしは知ったのだった。よぼたま