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2015-11-10
鴨長明
鴨長明に会いに行った。
あの人がいると通夜の席が荒れる──という話になっている。遺族や客のあいだで口論がはじまる。取っ組み合いの喧嘩になったり、斬り合いにまでなるという。あの人というのは鴨長明のことで、名指しはしなくても、ほら、あの人、と目くばせで長明のことと知れて、うわさが広がっている。



庵をたずねると、吹きさらしの造りがいかにも隠遁者向け。壁に琴や琵琶が立てかけてあり、棚に書物が重ねてある。家財道具らしいものはほとんどない。どうやって生活してるのかと見ていると、どこからか爪切りばさみを取り出して足の爪を切りはじめる。
自分は長明と知り合いか。そのへんが定かでないが、長明の顔を知っているということは顔見知りなのだろう。そう考えて庵に上がり込み、「例のことだけど」と声をかける。
「うん、まあ」とあいまいな返事。
長明は爪を切り終えると、本棚から紙の束を取ってきて半分ほどを自分にわたし、残りを文机に積んで朱を入れはじめる。
わたされた束を見ると、こちらもさかんに推敲してある。ははあ、これが例のものか、「方丈記」だったかな。だとすれば、自分は日本三大随筆のひとつが書かれている現場に立ちあっているわけだが、それらしい感慨はわいてこない。鴨長明が「方丈記」を書いている。そのことに不思議はない。鴨長明は「方丈記」を書かなかったとか、代筆だったとかならひとつの発見だが。
そんなことより、「例のこと」が「例のもの」にすり替わってしまった。
はぐらかされた気がして、だんだん腹が立ってくる。