堀田君の家
学校帰りの小学生に「堀田君の家はどこですか」ときかれた。「堀田君のうち」や「堀田君ち」ではなく、「堀田君のいえ」である。ていねいな子だと思った。
それはいいが、数千戸はある巨大団地である。自分のいる7号棟だけでも200戸以上ある。おまけに近所付き合いはない。堀田君の家がわかるわけはない。
「管理事務所に行ってみようか」
と誘うと、「はい」とまた素直にいう。
事務所を探しながら学校の話をした。算数と国語が得意だという。口ぶりからすると、どうやらほかの科目もできるらしい。
「でも書き取りができません」
と小学生は言い訳のように言った。
管理事務所は10号棟にあった。行きあう人に聞きながら行った。そのあいだに人の視線が気になりだした。小学生を誘拐しようとしている不審者。もしかするとそんな疑いで見られているのではないか。
とにかく事務所についた。
「住人の個人情報はお教えできないんですが」
と応対にあたった女性職員が言った。
もっともな返事だとは思った。「堀田君の家」は個人情報なのだ。でも、相手は小学生だし、自分は善意でついてきたのだ。なんとかならないのか。自分が不満そうな顔をしたのを汲み取ったらしく、女性職員は奥の机にもどって、どこかへ電話をかけはじめた。
電話が終わると机から用紙を取り出してきて、これに記入するようにと言った。住所、氏名、電話番号、それと用件を書くようになっている。
まいったなと思った。自分も書き取りが苦手だった。今だってあまり漢字を知らない。それに金釘流で、字を書くのがおそい。とはいえ自分の住所くらい書けないわけではないから、もたもた書きはじめたが、用件をどう書いたらいいか。口頭ではいけないのか。
相談しようと思って書類から顔をあげると、三、四人はいた職員が部屋から消えている。
ふいにパトカーのサイレンが近づいてきた。それも一台ではない。
やられた! と思った。女性事務員の電話は警察への通報だったのだ。
「おじさん、こっち!」
と小学生が叫んでカウンターによじのぼり、向こう側へ飛び降りた。自分もつづいてカウンターを乗り越える。
事務所を通り抜け、屋外へ通じる廊下を走った。裏手にパトカーはいなかったが、建物を回って迫る警官たちの足音がきこえた。
「堀田君の家に隠れましょう」
と小学生が言った。
堀田君の家だと? 我々はそれを探しているのではなかったのか。
「わかるのか?」と自分はきいた。
「はい、思い出しました。もう大丈夫です」
小学生が自分を信用してくれているのがありがたい。それに頭の良い子のようである。その子がもう大丈夫というのだから、もう大丈夫にちがいない。
それはいいが、数千戸はある巨大団地である。自分のいる7号棟だけでも200戸以上ある。おまけに近所付き合いはない。堀田君の家がわかるわけはない。
「管理事務所に行ってみようか」
と誘うと、「はい」とまた素直にいう。
事務所を探しながら学校の話をした。算数と国語が得意だという。口ぶりからすると、どうやらほかの科目もできるらしい。
「でも書き取りができません」
と小学生は言い訳のように言った。
管理事務所は10号棟にあった。行きあう人に聞きながら行った。そのあいだに人の視線が気になりだした。小学生を誘拐しようとしている不審者。もしかするとそんな疑いで見られているのではないか。
とにかく事務所についた。
「住人の個人情報はお教えできないんですが」
と応対にあたった女性職員が言った。
もっともな返事だとは思った。「堀田君の家」は個人情報なのだ。でも、相手は小学生だし、自分は善意でついてきたのだ。なんとかならないのか。自分が不満そうな顔をしたのを汲み取ったらしく、女性職員は奥の机にもどって、どこかへ電話をかけはじめた。
電話が終わると机から用紙を取り出してきて、これに記入するようにと言った。住所、氏名、電話番号、それと用件を書くようになっている。
まいったなと思った。自分も書き取りが苦手だった。今だってあまり漢字を知らない。それに金釘流で、字を書くのがおそい。とはいえ自分の住所くらい書けないわけではないから、もたもた書きはじめたが、用件をどう書いたらいいか。口頭ではいけないのか。
相談しようと思って書類から顔をあげると、三、四人はいた職員が部屋から消えている。
ふいにパトカーのサイレンが近づいてきた。それも一台ではない。
やられた! と思った。女性事務員の電話は警察への通報だったのだ。
「おじさん、こっち!」
と小学生が叫んでカウンターによじのぼり、向こう側へ飛び降りた。自分もつづいてカウンターを乗り越える。
事務所を通り抜け、屋外へ通じる廊下を走った。裏手にパトカーはいなかったが、建物を回って迫る警官たちの足音がきこえた。
「堀田君の家に隠れましょう」
と小学生が言った。
堀田君の家だと? 我々はそれを探しているのではなかったのか。
「わかるのか?」と自分はきいた。
「はい、思い出しました。もう大丈夫です」
小学生が自分を信用してくれているのがありがたい。それに頭の良い子のようである。その子がもう大丈夫というのだから、もう大丈夫にちがいない。