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2015-11-30
座頭市時空旅
地上を行く座頭市。
野越え山越え、どこまでも歩き続ける。
不意の銃声。
手探りで岩陰に転げ込む座頭市。
耳のうしろに手のひらを当て、周囲の音を集めて状況をたしかめる。
いつのまにか跡をつけられていた。しかもすでに包囲されている。岩のどちらに隠れても、どれかの追跡者には動きをつかまれる。
さらに銃声。せばまる包囲網。
急ぎ時空をさかのぼる市。

利根川の渡し場。潮来の葦原。佐原の堀にはねる鯉。時空が巻き戻りつつあるのがわかる。
ふたたび元の木橋の上。

以前の斬り合い。
木橋の上で向かいあう座頭市と平手造酒(ひらてみき)。
「貴公」
「平手さん」
たがいの人柄と技量を認めあう同士の対決。
平手造酒は座頭市の居合抜きを目撃したことがあり、どう動けば斬られるかわかっている。そしてそのとおりに動いて市に斬られる。肺を病む造酒は自分の死が近いことを察していた。どうせ死ぬなら座頭市に斬られてと決めていたのである。

今度の斬り合い。
同じ木橋の上で向かいあう二人。
時空のどこかで軍用ヘリがホバーリングしている。回転翼の風切り音がここまで伝わってくる。
「平手さん」
「貴公か、なぜ戻ってきた」
今度も造酒は市に斬られるつもりでいる。
だが座頭市にその気はない。
市は考える。自分は人々のヒーローである。民衆とか、ヒーローとか、市はそんな言葉は知らないが、考えたのはそのようなことである。どこの誰ともわからぬやつの銃撃などで死ぬわけにはいかない。それは自分にかけられた期待を裏切ることだ。どうせ死ぬなら平手さんに斬られて、人に語り継がれるドラマを残したい。

どちらも相手に斬られるつもりでいる。二人とも動かない。そして時間が止まる。
座頭市がにっと笑いかけ、そのまま表情が停止する。
時間の停止が二人の周囲に広がって行く。
鳥も樹木も動きを止める。
やがて軍用ヘリの風切り音が消える。ヘリのいる一角でも時間が止まったのだろう。