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2018-05-20
これは『風の又三郎』とはずいぶん違うのだよ。
話は進んで、今は第2話「川上の家」。犬伏老人の子どもの頃のことが語られる。

老人は小学校の3年生。
ある朝、入学したばかりの弟と桜並木を学校のほうへ歩いていると、不意に自分たちの前をひとりの子どもが学校に向かって歩いているのに気づく。

不意に、といったのは、その寸前まで、わたしたちの前には誰もいなかったからでね、桜の木のかげにかくれていたのか、橋野川の河原からかけあがってきたのか、それはとっさにはわからなかったが、とにかく気がつくと男の子がひとり、わたしたちの前を歩いていたのだ。

それが転校生の川辺孝太郎だった。

孝太郎は分教場からきた、と教師が教室で紹介する。
「橋野の奥の赤柴分教場」と具体的だが、そのとおりかはまだ不明だからおくとして、転校生がどこから来たか、なぜ来たか、まとめていえば転校生の出自が語られることは、小説などではふつうのことだが、現実世界ではふつうではない。どちらかといえば、現実世界ではあまり語られない。そのような基準からいえば、孝太郎は小説の登場人物だから、彼の事情もいずれ語られる可能性が大きいが、今はまだわからない。
ともかく孝太郎のプロフィールが次第に明らかになる。勉強は苦手だが、運動は得意で、性格も良い、など。
やがて話が動き出す。
老人兄弟が手品をやってみせる。
「さあ孝ちゃんもやれ」と言われて、孝太郎はハンカチから仔犬を出してみせる。
それから兄弟は自分たちのやった手品の種明かしをする。

手品にはトリックがあると知ってうろたえる孝太郎。
彼はトリック無しで手品をやってしまったのだ。
そして、不幸な──まだわからないが、たぶん孝太郎にとって不幸な──展開が予告される。

「その子とみんなが仲よくなったころ、突然、その子はまた別の学校へ転向していってしまう。結末はそうなるんでしょう」
「はなしに茶々を入れてもらいたくないものだね」
 老人は強い語調で言い、ごしごしと胡麻塩ごましおひげをこすった。
「いまから保証しておくが、これは『風の又三郎』とはずいぶん違うのだよ」
「どう違うのです」
「もっとこう……、なんというか、もっと陰惨な、辛いはなしなのだよ」