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2018-10-10
『共産党宣言』以前・以後
『共産党宣言』の以前と以後で貧困へのマルクスの対し方が変わった、とハンナ・アレントが言っている。『宣言』以前のマルクスは貧困を人為――搾取――によるとしたが、『宣言』以後は科学――歴史的必然――によるものと見た、と。

(マルクスは、)初期の著作では社会問題を政治的用語で語り、貧困の苦境を抑圧と搾取の範疇で解釈した。それにもかかわらず『共産党宣言』以後書かれたほとんどすべての著作で、その青年時代の本当に革命的な活力を経済学的用語で再定義したのもマルクスである。いいかえると彼は、最初、他の人びとが人間の条件に固有な或る必然であると信じていた暴力や抑圧はむしろ人為的なものであり、人間が人間にたいしておこなうものであると考えていた。しかしのちになって、あらゆる暴力や犯罪や暴虐の背後には歴史的必然の鉄則が潜んでいると考え直したのであった。(ハンナ・アレント著、志水速雄訳『革命について』)

問題は歴史法則にある。
貧困を憎む点でマルクスは終始一貫しているが、『共産党宣言』の前後で主張の根拠が入れ替わる。『宣言』以前は感情――搾取される貧困層への同情と搾取する側への怒り――が拠り所であったが、『宣言』以後は科学――資本主義社会から共産主義社会への必然的移行という史観――が取って代わった。

以下はアレントと関係なく。
感情から科学へとは、一見、理知的な方向への変化だが、じつは宗教化ではないか。
科学がみずからを科学的であるとわざわざ強調することはない。たんたんと科学であるよう務めるのみ。
科学は科学を自称しない。科学を自称するのは宗教。
マルクスもマルクス主義者も、歴史へのこだわりを深めるに連れて、自らの思想の科学性を強調するようになった。すなわち宗教化した。宗教としてのマルクス主義はエンゲルスの『空想から科学へ』で定式化され、レーニン、スターリンによって現実世界に適用された。我々は科学を奉じ、科学に拠って考え、科学に従って行動している。我々は科学的であり、ゆえに絶対的に正しい。