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2019-01-26
正しくもないし間違ってもいないのに
自由意志というものはない。それなのに、あるかに見えてしまうのは何故か。
ジャン・コクトー『知られざる者の日記』のうち「目に見えないものについて」の一節。高山鉄男訳。

人間は、自由に選択するのだと思っているが、それは、人間が自分勝手にばらばらにした選択肢のあいだで迷うからである。それらの選択肢は一体をなすものなのだ。右に行くべきか、左に行くべきか。どちらでも同じことなのだ。二つの道は、互いに合致しているのに、意地悪いことに矛盾しているように見えるのである。そのために人間は、実は正しくもないし間違ってもいないのに、正しいだろうか、間違っているだろうかと自問する。また、自由でないのに、相反する方向の一方を選ぶように見えるのだ。

選択肢があるように見える。
あるように見えるから選ぼうとする。または選ぶ。または迷って選べない。
それらの経験が自由意志の幻影を呼び起こす。
自由も自由意志もないのに、あるかのように思い込む。

コクトーによる自由意志の定義。

自由意志とは、結びつき合い、互いに組み込まれ合い、一体となった反対物同士の無限の共存である。

コクトーは言ってないが、人間は自由である。
人間は自由を喜び、不自由を嫌い、自由を求めて動き回る。その限りにおいて人間は自由。