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2019-01-24
ル・カレ『寒い国から帰ってきたスパイ』の頃
ジョン・ル・カレ『寒い国から帰ってきたスパイ』(1963年)の一節。宇野利泰訳。

「誤解しているわ」と、彼女はいった。「まるっきり誤解よ。わたし、神なんか信じない」
「では、なにを信じている?」
「歴史」
 かれは一瞬、おどろいて、彼女を見た。そしてそれから、笑いだした。
「リズ、おどろいたよ。まさかきみがコミュニストとは」

歴史が信仰の対象となっている。

マルクス主義の歴史理論では、すべての歴史は階級闘争の歴史。
マルクスらは自身の時代(19世紀・中後期)をその最終局面にあると見て、プロレタリアート(労働者階級)とブルジョアジー(資本家階級)の戦いにおいてプロレタリアートが勝利するとした。その後はプロレタリアート独裁の体制を経て、支配階級が被支配階級を支配するための道具である国家(これもマルクス主義による国家観)は消滅する、と。

「歴史を信じる」とは、マルクス主義の歴史理論を奉じ、プロレタリアートの側にあって戦うこと。

胴が長く、脚も長く、ぶざまといってよいほど長身の女だった。背をひくく見せるために、かかとのないバレー靴をはいている。顔立ちもからだとおなじことで、造作が大きすぎることから、不器量と美しさのあいだをさまよっている。年はおそらく二十二か三。ユダヤ種だ。

『寒い国から帰ってきたスパイ』の主人公リーマスは、職業安定所の紹介で図書館に仕事を得て職員のリズと知り合い、やがて愛し合うようになる。
リーマスは西側の諜報機関員。
リズは社会主義運動の末端にいる活動員。平凡で非力だが、善良な。
リズを諜報活動の小道具に仕立てる工作が、リーマスもリズも知らないところで西側機関によって進められる。それを察した東側の諜報機関も動き出す。東西双方の機関に操られる二人が迎える結末は?

革命運動は(右であろうと、左であろうと)、宗教と同じ。
預言者が社会の変革を予言する。
予言はなかなか実現しない。
すると救世主があらわれて、予言を実現すべく人々を煽動する。
この時点でじつは予言は外れているのだが、革命家がそれを認めることはない。
マルクス主義の革命においては、マルクス、エンゲルスが預言者と救世主を兼ねたが、救世主としては成果をあげるに至らず、役割はレーニン、スターリンに引き継がれた。

『寒い国から帰ってきたスパイ』の急所は2箇所。
ミクロには、はじめに引いたリズのプロフィール。立場は違ってもリーマスのプロフィールでもある。
マクロには、東から西への脱出行の結末。これが大状況。