[2025.3.1 - ]

2025.3.31 mon. url #詩

安心するならしてください、テリー
はたして、あなたの家はあなたのものか
それ、五分と五分です
それは私が、あなたの前にいたときではない
義務的なワストン・ダンデのものは、すぐに君のアルボット・トゥの薄みになるだろう
嘘は見破られます、私たちによって
それはすべてのヴォーディーのアルボット!
隠せるものではありません

はあ、君はそれではそれは、再び
イシシフの発見の尊さ、私たちによって幾らかの生み出されたそれ――

イシシフの離散の離散、パル
ニノット! それは私が見たボリューム
ニノイ! その果実を育てるのはプロに限られ
歌にもあるように
ニノイ、ニノイ、三倍もニノイ

2025.3.30 sun. url #詩

にくほるも、さごすのちを
あやつないきのちを
あさごの枝に、ひょうな

みぎられるもな
七十一か所にさえて、うたか所にさとり、人形のと

みぎらえて、あやつなぎの」
なぎのようたん」
いのさとりで夜を「ひととぎられ

このごろの、いまの首に

2025.3.29 sat. url #詩論 #萩原朔太郎 #三好達治

--大修館書店『新スタンダード仏和辞典』

イロジスム。非論理性、不条理。

萩原朔太郎に「再會」という詩がある。三好達治は「朔太郎詩の一面」(筑摩叢書『萩原朔太郎』)というエッセイでこの詩を「イロジスム」と評した。
まず、その詩から。

皿にはをどる肉さかな
春夏すぎて
きみが手に銀のふほをくはおもからむ。
ああ秋ふかみ
なめいしにこほろぎ鳴き
ええてるは玻璃をやぶれど
再會のくちづけかたく凍りて
ふんすゐはみ空のすみにかすかなり。
みよあめつちにみづがねながれ
しめやかに皿はすべりて
み手にやさしく腕輪はづされしが
眞珠ちりこぼれ
ともしび風にぬれて
このにほふ鋪石しきいしはしろがねのうれひにめざめむ。

どこが具体的に不条理で、非論理的なのか。以下、引用は三好の論。

「春夏すぎて」は一行おいて直ちに「ああ秋ふかみ」と飛躍し、「銀のふほをく」を操る室内風景がいつのほどにか「ふんすゐはみ空のすみにかすかなり」と屋外らしくなり、更に「みよあめつちに」とその空間がひろびろとする、かと思ふと「皿はすべりて」「ともしび風にぬれ」る室内風景に再びそれは引きもどされて収束する。僅々十余行ばかりの間のこの出入はまことにあわただしい。ここでは時間も空間も二つながら通常基本的な約束を振りすてて、ただ連続交替するイメージばかりが自由にそれら自身の時間と空間とをくり広げる。

イロジスムの効果。

時間と空間と、時には人称や主格をことさら曖昧にし、倒錯し、抹消し、措辞の一種の手品から(――それはたしかに手品でった、以下は比喩ではなく、萩原さんがまた実際に奇術や手品を愛し、自らもまたその初歩的な手先の技術を練習したことなどが、ここで私には思ひだされる)、読者をひとまづ彼の詩中に於てはぐらかす、そういう仕組みにもなっている。

何のために。

いはば彼には、彼の外なる世界一般の否定が、彼の素朴なリリカル・クライ(叙情的叫び)の位置づけとして、まず最初に手続き上必要であった。

時空や論理の混乱という目くらましをほどこした上での叙情。
ただ、そう割り切ってしまうと、時空や論理の混乱は叙情を可能にするための手続きにすぎないことになるが、混乱も目的のうちだったろう。混乱そのものが愉快という。

2025.3.28 fri. url #詩

どうかしたはずみで、風船屋が
なんとも言えず悲しくなっていたところに
しおれ返って、兄が中腰になって
こんなときに何がどうひらめいたか、その風船屋が
「おまえ、おれたちが探してた女はこの家にいるよ」
なにかと月光というのは淋しいものですが
なおさらな、二十八日の月の朝

2025.3.27 thu. url #詩論

速度ということ。
DJ の速度。または生産性。
DJ は、作曲はできない。歌は歌えない。楽器も弾けない。いや、それらのことができてもいいが、できなくてもいい。
DJ はただできあいのディスクを回すだけ。それだけで人々をあやつって、揺らす、舞わせる、踊らせる。



DJ の手法は詩にも通じる。
既存の詩をベースに、フレーズを繰り返す、ノイズを混ぜ込む。緩急。強弱。異なる詩を組み合わす。壊す。つなぎ直す。
演奏でもある。詩なら朗読か。
批評、鑑賞、感嘆、罵倒でもあるような。

2025.3.26 wed. url #詩

野火は草を燃やし、草は雲を覆い、燃える音を立てる。
野火は草を焼いているので、焼けている音は焼けている音に近い。

焼け野原、阿蘇の山火事、この後、阿蘇の山野が燃えている、タマリが燃えている、月が燃えている、山野が燃えている、山野が燃えている、空が燃えている。

甘月園が燃えるのを見ている。
クビキは火ではなく、この脂肪は休まない。
多摩の麓に火の庭があり、野火があり、横山嶺に火があり、野火があり、野火があり、野火があり、野火があり、野火があり、野火があり、野火があり、野火がある。この野のもの、野の野のもの、野のもの、野のもの、野のもの、野のもの、野のもの、野のもの、野のもの、野のもの、野のもの、野の野のもの、野のもの。
その一団は、近くでも燃えている。

タムレは横山を恨み、恨まれる。
アカガレに燃え盛る炎は、峠は草を生やし、火は野火に煙る。

私は草を燃やし、燃やした。
夕暮れ時、脂肪の塊を手に入れる。
火に包まれ、火に焼かれた錫が山積みになっている。
草が生い茂り、川が流れている。
山は草に覆われ、焚き火が燃えている、燃えている、燃えている。
灼熱の炎を数える子らの声。

2025.3.25 tue. url #詩

そのとき、彼は年老いた男よりも老いた男だった。
男たちは叔父について回っていた。
私は彼らの男を「彼の」年齢にひっくり返した。
そして彼らを、もっと老いた男にした。
彼らは「彼の」年齢を殺した。
誰の、いつの昔だったか。
それは昔の夜のことで、私は独身だった。
私は「彼の」年齢をもっと老いた男にして、その男を王に据えた。
記憶によれば、彼らは老いた王を殺した。
あるいは、若者を殺した男が「彼」の年上の男を殺したという噂もある。

土地の民謡では、男を殺した男を二倍にした歌が歌われている。

2025.3.24 mon. url #詩

まず大使が派遣された。
正午に乾いた粘土は、ラスを乾かすためにさらに乾かし、
霧を消す前に、ラト。大使は、その海を。

オカの憎しみをタラが憎しみ、イノシシは南の野で狩りをしている。
イノシシをつつむ霧と光線。
大使は周りをうろつく。
岩がバットラックを叩く。通りを抜けると、またタラ。

湾は硬く、氷が氷を運んでいた。
ええ。通りを抜けると、氷が乾いていました。崖を越えると、氷が乾いていた。ついに。
そうだろう。訴えられた救助者は、オカの海藻の試練の穴を通り抜け、戦闘の終わりは、霧をろ過するブリペンテの南東を指していた。

オカのブリンとホワイティングの群れ。
イノシシが西の野で狩りを抜けると、またタラ。

2025.3.23 sun. url #ヘンリー・ミラー #詩論

人びとはよく「もう一度生れ変ったら、いまやっていることをまたやりたいと思う?」などをいうことを訊く。要するに、いまとおなじ過ちをくり返そうと思っている? ということだ。(……)水彩画についてなら、答えはイエスだ。それというのも私は水彩画を通して、心をわずらわさないこと、あまり心配しすぎないこと、を学んだからだ。毎日傑作をうみ出す必要はない。くということが肝腎かんじんなのであって、傑作かどうかということは二の次だ。 ヘンリー・ミラー「私には天使のすかしが入っている」
ミラー自身の同名の水彩画集に付けた序文という。筒井正明訳『蜂鳥のごとくじっと立て』所収。

毎日書けということ。

短編集『暗い春』に同じタイトルの作「私には天使のすかしが入っている」あり。天使のすかしとは、彼ミラーが神に祝福された人物であることの証らしい。

2025.3.22 sat. url #詩

リップ・エン・イントレシーバー
ジプシー・サウンチェ・レッド・ウェル・グループ
ザ・ラウト・ソウド・ドライヴ
ヴォルフ・エル・ディス・メンシスタード

フラニーに脂肪のマ・ドンナ、後にブラスト
ジプシー・ピントの赤い翼

[[別語版]]

Lippe und Empfänger
Gypsy Saunche Red Well Group
Der Lout-Saw-Antrieb
Wolf el dis mensistad

Franny und Fat Ma Donna, später Blast
Gypsy Pintos rote Flügel

2025.3.21 fri. url #詩

貧しい人々の群れが、貧しい人々の群れを通り抜けて
羊飼いたちは、羊飼いの羊飼いたちを通り抜けて、貧しい人々の群れ、彼らも
それから昔の話を
マザー・グース・グースな
小さなむすめだった頃、七歳ほどのこどもだった頃、七歳ほどのこどもだったこどもの頃、三人の息子ジェームズは溺死、シーソーは縛り首で、スチュアートは行方が知れず

そう、そう
私は見たよ

彼は年老いた麦わらで覆われていた、ジョン
元グーリーの貧しい少女、ジョナ
そこに現れ、息子たちにも歌ってくれたグース・エクストラ

2025.3.20 thu. url #詩

皇帝の娘が言った。
「私には百年後に人間になる息子がいます。「私は嫉妬深く、百二十年後に人間になります。「彼には生きるすべがなく、百二十年間醜いままです。

今はカイミンはいない。
彼の心は不滅で、彼の息子は「西」と呼ばれている。
今はカイミンはいない。
息子の子は「汪」といい、その子は 「溪 」という。
子は「沢」と謂う子を「仔」と謂い、百年にして人となる。性の妬み、肝の不死、百二十年にして人となる。
地の民は穏やかで、地は焼き尽くされ葬られ、南猿は侍女から逃れ四山に至る。

代わりにノカイミン。
大地に憩う者は優しく、大地は葬られ、大地を蝕む者は死ぬ。
百年目に猿子曰く、災いありと。

2025.3.19 wed. url #詩

1799、論文では、私たちは、私たちは、翼にのみ適用できます。
私たちは、私たち、勾配のみ適用できますか?

各 T を、各 T-p プロファイルにつき、+− (5.1) dp/dT。
取得する意志ポッドを前向きにしました。

T-p E に書き込み勾配のみ共存する曲線の相対計算は、翼にのみ適用できます。
当論文では、翼にのみ共存する曲線として使用。
ティケーンに。私たちがペクトと呼ぶ (5.1) カル・カープとして使用し、曲線として書きますか?
1799、勾配の相対計算は次のようになりますか?
E. それぞれは同等です。

1799、μ は、共存する曲線として書きます。
論文では、T-p E に書きます。E. それぞれの同じカル・プレース、カル・ポテンス・カル・カープ。
この値は (5.1) に従って、カル・ペイロンと同じものになります。

2025.3.18 tue. url #詩 #ファウスト #ChatGPT #生成AI

創作に行き詰まったファウストが、哲学を選ぶか魔術を選ぶかで悩むくだりを、ゲーテ『ファウスト』の文体で詩にしてください。行数は100行とします。
――と ChatGPT に頼んでみた。

以下は、この AI がタイトル付きで返してきた詩。
途中にドイツ語の行が混じっているが、生成AIに意図みたいなものはないだろうから、アクシデントと考えるしかない。
―――――――
【ファウストの逡巡】

FAUST:
長き夜に書を閉じ、
うつろな灯を見つめれば、
知の塔の影は揺れ、
空しき夢の泡と消ゆ。
哲学を極めんとし、
論理の鎖を織りしが、
未だ解かれぬ世界の謎、
言葉は砂と舞い散りぬ。

かのソクラテスは語りけり、
「無知を知るこそ賢なれ」と。
されど我は耐え難し、
無知の底に沈むことを。
真理の扉はどこにあり、
如何にして開かれん?

O Geister, ihr, die ihr mich ruft,
Wo seid ihr? Antwortet mir!
汝ら霊よ、われを導け、
知の果て、或いは彼岸へ。

(影よりメフィストフェレス現る)

MEPHISTOPHELES:
ファウストよ、何を迷う。
哲学の炉に座すか、
魔の炎に身を投ずるか。
知の高嶺を這い登り、
冷えた論理に生きるか、
それとも火焔に身を染め、
禁じられし術を極めるか?

FAUST:
魔よ、そなたは欺くなり。
知こそが我が望みなり。
魔法に酔いしれるは、
浅き者のたわごとなり。

MEPHISTOPHELES:
ほう?されば問おう。
汝の哲学は何を得しや?
時の流れを止め得しや?
死せる者を甦らせしや?
愛を自由に操りしや?
言葉にて世界を統べ得しや?

FAUST:
否、答えられぬ。
書物はただ沈黙し、
定理も理論も空しく、
死した紙片のごとし。

MEPHISTOPHELES:
ならば魔を手にせよ。
知恵の果実をかじりし者よ、
新たなる禁断の実を味わえ。
理性を超えたる叡智、
力をもたらす禁呪、
世界の理を捻じ曲げる力。

FAUST:
否、否、我は恐る。
知の探求に身を捧ぐ。
この世のすべての理を、
哲学の光のもとに。

MEPHISTOPHELES:
哀れなる者よ。
光などは存在せぬ。
理は闇に潜み、
魔の灯火にこそ見えん。

FAUST:
されど……理性は我を呼ぶ。
されど……魔の力は魅せる。

(長き沈黙)

FAUST:
ああ、如何に選ぶべきか。
哲学か、魔術か。
されど知への渇望は癒えず。
何を得ても、満たされぬ。
ならば……ならば……

MEPHISTOPHELES:
ならば契約を。
我が導かん、そなたの求むる先へ。

FAUST:
(震える手で、書に手を伸ばす)
(されど別の手は黒き契約へ)

夜の鐘が鳴る——
―――――――
以上。行数はタイトルを含めてちょうど100行。ここまでうまくまとめてくるとは!!
なお、詩の依頼に先立って、以下の会話を交わしている。

mataji:
創作に行き詰まったら哲学か魔術と言われます。
よくあることだそうですね。
この論はファウストを駆り立てた究極の欲望にも当てはまるとのことですが、あなたはどう思われますか。

ChatGPT:
「創作に行き詰まったら哲学か魔術」というのは興味深い視点ですね。確かに、創作における停滞や閉塞感は、既存の枠組みの限界にぶつかったことを意味し、それを打破するためには、より深い思索(哲学)か、現実の法則を超えるもの(魔術)への憧れが刺激されるのかもしれません。
ファウストの物語を考えると、彼はまさに「知の限界」に突き当たり、それを突破するために魔術へと傾倒しました。彼の究極の欲望は、「世界の真理」を知り、あるいは「生の本質」を極限まで体験することにありました。哲学を極めても満たされず、魔術に手を出した彼の姿は、創作において新たな次元を求める芸術家や作家の心理にも通じるものがあるでしょう。
また、創作の行き詰まりとは、一種の「認識の限界」に直面することでもあります。そのときに、合理的な探求(哲学)と超合理的な探求(魔術)の両極が浮上するのは、ある意味で自然なことかもしれません。哲学は理性による限界突破を試み、魔術は直感や象徴的な手法によって現実の境界を攪乱する。どちらも、新たな創造のための「突破口」として機能しうるものです。

2025.3.17 mon. url #詩 #詩論 #仮面

仮面劇について考えていて思ったことだが、たとえば、これ。

よっ、姉ちゃん、おれ、ポー
知ってるかい、エドガー・アラン・ポー
アメリカの偉大な作家よ
ついでにジャーナリストで詩人
「盗まれた手紙」とか書いたやつさ、へっ
……
     ――エドガー・ラップ|mataji

仮面には、それを付けた人の創造性を誘発する働きがある。
その人の内面を掘り起こすとかではない。
内面とか、人格とか、事績とかなくてもいい。そんなものは仮面が引き受けてくれる。
同じことは演劇に限らず、詩にもいえる。
たとえば上の詩。すっかりポーになりきって、いい気で歌っているではないか。ポーの仮面をかぶったから陽気にやれたわけで、自分のままならいじけるばかり。いや、いじけならいじけでいいのだが、自分のいじけをやったのではいじけ足りなかろう。仮面は自分を二まわりも三まわりも大きくしてくれる。

関連記事:
2023.8.22 tue.
ヤンコがかれの仮面をたずさえてきたとき、わたしたちはみんないあわせた。そしてたちまちだれもが、ひとつずつ仮面をかぶっていた。すると奇妙なことがおこったのだ。仮面は即座に衣裳を要求したばかりでなく……

2025.3.16 sun. url #詩

イネス・シアルル・アンティカル・オンシネルズ・ステート
イタンテープ docateg note natururere = d L2.9) L
これによってエンゲ・ペロントム・ペオンスイズ (L2)

Q の残りの (3.2) アンロンf) (L.2.9)
d'Q thonatist finge f (3.
Dond'Q L₁) c ped d s nollongy sig L.9) Eneand

(L2.9) ドンド'QL₁) ドンド'QL₁) ドンド'QL₁) ドンド'QL₁) ドンド'QL₁)
ゆえにイネグルス・オピィ・ヒアロンデス (2

2025.3.15 sat. url #詩

フジ河とアニーフィールド
レットとシェサイド
私たちの勝利は、百年前にアヒルが滴り、カメが降り積もる
シガーク湖、クローブの雲
影が流れ、岸が溶ける
彼らのキニーネ、サンダウの冬の風

2025.3.14 fri. url #詩

「俺は、おまえがゴキで、人生、アメリカ海軍だと思っている」
「赤か黒かだ」
「ああ、おまえは何かを百回だか千回だか言ったし、それは理解されるべきことだったし、それに対して誰かが何かをした。でも、おまえの結び目は無駄だったし、事務室のドアがあって、ジョーがいて、それに大したこともなかったし、ここの士官室も、ろくでもない場所だった。いいか、おまえの結び目はな……これは船じゃないんだ、ジェレ……」
「赤か黒かだ」
「ああ、そうだな、奴らはそういうつもりなんだろう。そして、そっちに行くしかないんだろうな。俺の士官室は、士官室だったし、ジョーはそこにいたし、これはろくでもない場所だったし、酒場みたいなもんだったし、結局のところ、これは、いいか、どこにもないんだ、だからおまえは……」
「……賭けるか……」
「ああ、そりゃ……」
「なら、赤か黒かだ」
「ああ、おまえは何かを百回だか千回だか言ったし、それは理解されるべきことだったし、それに対して誰かが何かをした。でも、おまえの結び目は無駄だったし、事務室のドアがあって、ジョーがいて、それに大したこともなかったし、ここの士官室も、ろくでもない場所だった。いいか、おまえの結び目はな……これは船じゃないんだ、ジェレ……」
「赤か黒かだ」
「いいか、赤か黒かだ」
「なら、赤か黒かだ」
「ああ、おまえは何かを百回だか千回だか言ったし……」
「赤か黒かだ」
「それは理解されるべきことだったし、それに対して誰かが何かを……」
「赤か黒かだ、いいから選べ」

2025.3.13 thu. url #詩

馬かれ馬かなつる夜時雨るしぐれ聞けぬく勢田の橋舟人かり初しぐれ猿も小蓑をほしぐれて乗し奈良鑓持の窓あかなつかし夜時雨るゝ沼太良あれ聞けとしぐれしぐれかし時雨きや並びかねたるゝやひとり幾人かけと時雨きや小蓑をほしぐれかしぐれあれ聞けと時雨る夜の鐘の隣の猶振たるゝ沼太良時雨かしげ也時雨来るゝやひとり鑓持の窓あれかなあれ聞けぬかけとり初しぐれ猿も小蓑を廣沢やひとりて竹田の隣の一時雨る夜の一時雨るいさゝ舟たつるゝや黒木つむ屋の里や小蓑をほしぐれかしぐれ猶振たつむ屋の沼太良

2025.3.12 wed. url #詩

二時間ごとにユーカドールの注射を受ける。
外交官(かろうじて聞き取れる声):「当局は否定して…決して…決して…決して…」外交官(額の汗を拭きながら命令を叫ぶ。

二時間ごとにユーカドールの注射を受ける。」彼は理解できながら叫んだ。」
外交官(かろうじて聞き取れる声):「当局は否定している…巨大な稲妻だ!
外交官の顔が真っ青になる。

「我々の国旗はまだ生きていて、夜通しの証言だ。」

二時間ごとにユーカドールの注射を受ける。
制御室では、計器盤が爆発し始める…
外交官は言った。
つまり、そんな人でも、
エンジニアたちは裸で、焦げ、神のようによろめきながら)

「当局は裸でき取れる…決し始める。
外交官(額の汗を受ける。
二時間ごとにはまり、夜通しして…、そして英雄の国旗はかろうじて聞き取れる声):「我々の顔が爆発して、夜通ししている。

2025.3.11+ tue. url #黄金時代

「黄金時代」に関する昨日・一昨日の記事の続きは、fedibird.com でやることにする。
- 壁抜雑誌: "妙な本を手に入れた。どう妙かというと、自分のまったく知らない本だったということ。 佐伯隆幸編訳『道…" - Fedibird

Fedibird は一記事560字まで書けるので、そこそこのボリュームの断章なら納まる。Twitter は本来「ミニブログ」という性格付けをされてたと思うが、つぶやきに終わってしまいがち。字数に関してはブログ的に使える Mastodon 系がありがたい。

当 zakki は引き続き詩を中心に。

2025.3.11 tue. url #詩

つづいて かわもを飛びかう蛍のように
いつかのレーシングのように スーッとみずをきってガラスの天井とが ほのじろくてきなせんりつが 燐光をはなちながら
のぼりつが かんじはじめて
つぎに夢のように
つづいて あやしげなふろうを吐きながら
きたくにの炎のように うらをかいているのでしょう
闇と光のさかいをこえて さまざまのかたちで

のぼりつめ たとえればよいのです
こちらの顔にぶっつかるほども せまっているのです
のぼりつめたときは つづいているので

うごめく生き物ども それはきまって さらになれてくるのです
すいせいのおぼろな姿が
せまって さまざまのかたに ガラスの天井に

2025.3.10 mon. url #黄金時代

昨日の記事で書いた『道化と革命 太陽劇団の日々』を読みはじめる。
予備知識として、この本が「太陽劇団」という劇団による『黄金時代』という劇の制作過程と舞台の模様を記したものであることが、オビの文面からわかっている。

はじめに劇団名義での序言。この劇の登場人物――アルルカン、マタモール、パンタロン、ポリシネル、ゼルビーヌ、イザベル、ブリゲラ――は「コメディア・デラルテ」に由来するとあり。Wikipedia を見たら、これはイタリア発祥の仮面劇。太陽劇団がこれから作る芝居において、人物たちはまず類型的人物として現れるということだろう。日本のものでいえば、能面や文楽のかしらを用いるということか。これらの面や首には名称と性格がある。

序言につづいて、ナジム・ヒクメット名による30行ほどの詩。以下はその一部。

わたしはこの世界にあまりにも早く来すぎたことを悔やんだことはない。
わたしは二十世紀の人間だ、
  それを誇りとする。
二十世紀にあるというだけで、
  われわれの陣営にいるというだけで
  そして新しい世界のために闘う
というだけで十分だ。

二十世紀に生きているというだけで誇りに思う? それだけでは時代ナショナリズムというようなものではないか。「われわれの陣営」とか「闘う」とかに留意して、戦っていることが誇りと解すべきか。
ヒクメットが何者かも、とりあえず不明。そのうちわかるだろうから、いまは調べない。

2025.3.9 sun. url #黄金時代

妙な本を手に入れた。どう妙かというと、自分のまったく知らない本だったということ。
佐伯隆幸編訳『道化と革命 太陽劇団の日々』、1976年、晶文社刊


自分の知らない本などいくらでもある。というより、世の中のほぼすべての本を私は知らない。
それなのに、なぜこの『道化と革命』が、わざわざ「おまえ知らないだろう」と呼びかけるみたいな態度で現われたのか。ついでに言えば、タダ同然の格安で。

ともかく読むことにする。編著者の佐伯による解説「太陽劇団と今日のフランス演劇」がはじめに置かれ、書全体の4分の1ほどのボリュームを占めるが、この解説は飛ばす。ここを読んでしまうと、この本の内容をかなり知ったうえで読みはじめることになり、せっかくの「まったく知らない本」を読むおもしろさを失くしてしまうから。

2025.3.8 sat. url #詩

ノブの森でノブの芽生えを見上げ向きを変えると、彼女だけが穴をあけて彗星のようにそれを放出し、その奇妙な境界や成長について海底に到達する。だから、その道筋やそのすぐそばで、私は夏の異変のようでした。彼らに絞め殺された空でさえ、それは耳に聞こえ、しかし、それはとても魅惑的で、それぞれが本当に印象的で、海が夏に近づくにつれて、自分たちが尾を引いているのを見ることができました。それは潜水艦の世界のように露出可能、幻想的で魅惑的で、その頂点をつかむことができ、もしそれが海底になければ、そして尾を引いて私を腐らせ、海の異変にドリレンス可能であれば、潜水艦の翼は彼らの右にあったのです。そして境界の外では、怪しげな皿にそれぞれが見え、不気味な映画に感じた彼らの理解なしに、光が夢のように近づいているのを感じ、成長するそれは奇妙に奇妙な奇妙さでした、そして。

2025.3.7 fri. url #詩

馬が雪片を掴みに行く、雪の霜を掴み、身をくねらせながら、またコンクリートの床に牛の霜が落ち、身をくねらせながら、雪片は滴から成長する
北の真ん中で赤く嘔吐し、医者は月明かりに照らされ、つららの墓を往く
寒さの床、墓に星が落ちる
氷、寒さ、墓の中の
夜の氷は月明かりに壊れた雪の中にある
眠るように舐める

牛は固く、冷たい魚の海の黒い部分をこする
彼らは冷たい魚を舐めながら岩に座り、雪片を掴む素晴らしい夜
背中の米は眠っている花とその中に嘔吐物
馬は太陽を求め
濡れた雪の中を通り抜け、雪片を掴むように北の真ん中につながる
月明かりの真ん中で走り、呼び掛けるのは沈む
氷の暗い中で嘔吐物

偉大な偉大な眠りの中で花が出て、黒いケーキを掴む月明かりに照らされた雪の顔は金色に輝きます
リングの裏からつららが出て、川の裏側から座って花を墓へとつなげます

吹雪、道がぶつかり、間引きから成長し、成長がアースを歩きます
若者は眠りに係ります
つららが走り、墓を見つめる

2025.3.6 thu. url #詩 #漢詩 #叙事詩

河間王所招也 自言河間王欲以女配之 王所招也 王欲以女配之

即非王所招也
後人見於常山下 故當遭俗云
王欲以女配之 河間王欲以女配之
下 治百病
俗耳
俗形無影

即非王家老舍人見於常放乳鹿
王病
賣藥服之
俗夜亡去 俗耳

乃呼俗日中看 王瘕 下蛇十餘頭 王常放乳鹿
買藥都市
父世餘殃下蛇十餘殃下蛇十餘頭 問藥都市
治百病瘕 買藥服之
憐母也 治百病瘕 後人也 王病

王家老舍人也
河間人自言河間人見俗夜亡去 俗夜亡去 問藥意 仁心感天 河間人也 玄俗耳
故當遭俗夜亡去 問藥服之 即非王瘕 即非王欲以女配之
王所招也

問藥服之 買藥都市

後人也 問藥服之
問藥都市
故當遭俗耳

[日本語訳 by ChatGPT]

河間王が招いた者――
本人は「河間王が娘を妻にしようとしている」と語った。
王が招いた者、王が娘を娶らせようとした者である。

だが、それは王が招いた者ではなかった。
後の世の人が、常山のふもとでこの者を見かけ、
「王が娘を与えようとした」と俗説として語り継ぐことになった。
河間王が娘を与えようとしたと。

その者が施した医術――
あらゆる病を治すとされた。
だが、それは俗説にすぎない。
その姿は幻のように影もなく、実体がない。

実際には王家の古い侍従が、常に乳を与えられていた鹿を野に放つのを見たのだった。
王が病に倒れ、
市で売られていた薬を買い、服用した。
しかし、その者は夜になると消え去り、
まるで俗世の亡霊のようであった。

人々は日中にその者を呼び寄せ、王の病を治そうとした。
王の腹から十数匹の蛇が這い出た。
王はかつて乳鹿を放し飼いにしていた。
市では薬が売られ、
ある家では先祖の罪が祟り、十数匹の蛇が這い出たともいう。
薬売りに問い、治療法を求めた。
王の病は「瘕(か)」、すなわち腹に潜む異物の病であった。
薬を買って服用した。

母への憐れみを抱きながら、王は病に伏した。
後の世の人もまた、
薬を買い、服用した。

王家の古い侍従の証言――
河間の人々は「河間王の使いが見たのは、俗世の亡霊であった」と語る。
夜の闇に消え去る者、その者が誰であったのか。
薬売りに問い、服用したが、
それは王の病とは関係がなかった。
そもそも王が娘を娶らせようとした者ではなかったのだ。
だが、王が招いた者という話だけが広まった。

結局、王の病を治すため、人々は薬を求め、市に赴いた。
それが後の世の人々の記憶に残る。
だが、それもまた俗説にすぎない。

2025.3.5 wed. url #詩

足跡は一度も掃いてない。
身体は大地に運ばれることはない。
そして、目は鼻のように、耳は耳のように、風に乗って運ばれる。
ほとんどそうでしょう。

無意識の扉も、風も、東も西も、葉の乾いた殻のようなもの。
私は風に乗る。または雲に。
そうであっても形の無意識は含まれず、足の関節のようなもので、地面に静止して息を止めている。
鼻は耳のように、耳は目のように。

骨は散って、いつかまた。
木の葉みたいに、貝殻みたいに。

2025.3.4 tue. url

昔の日記帳から。
記録ではなく、予定。小説を書こうとしてたらしい。時間旅行物の掌編。


ああ、坊や
well-made を目指しちゃいけない
それは坊やの仕事じゃない

2025.3.3 mon. url


……異相を示し、細胞学的観点から詳細に研究されている(山内)。葉状体は二股に分かれている。分裂して成長する。単純相と複合相の構造はともに同じで、Polytrichum commune に似ているが、胞子体(2n = 32)は動かない四分胞子を生成する。
A B C
No.92 写真
Dictyota dichotoma
(Thuret)
A. 雌株の産卵器官 B. 雄株の産精器官
C. 四分胞子嚢

以上、ある生物学書を英訳(Google Lens)、着色(GIMP)、和訳(DeepL翻訳)

2025.3.2 sun. url #詩

ドアのハンドル、そこに至るベルベット
真ん中で燃えているもの
紅のシルク、追いきれない脈絡、クッションの破れ

身はワラ人形に似て頼りなく
影はキャンドルまかせ

2025.3.1 sat. url #詩論

信念のある改革主義者メリオリストたちは、たいてい、彼らが本来野心を抱いていた領域で初期の目的を達成しなかった人びとだ。マルクスは、大衆の本能を考慮し始める前には、詩人になろうとしていた。改革主義者たちは、ジャーナリストによく似ている。双方とも、日常世界の伝達者や世界改良者になる前には、詩人になろうとしていたのだ。 フーゴー・バル『時代からの逃走』(土肥良夫、近藤公一訳)
マルクスが挫折した詩人だったとすれば、ヒトラーは画家のなりそこないだった。革命家の前身は「本来野心を抱いていた領域」での落伍者という説、うなずけないことはない。芸術とは何か。それが人の叛心に形を与える行為だとすれば、彼らのターゲットが社会そのものに移ったまで。
では、詩を捨てて貿易商になったランボーをどう考えるか。以下はミシェル・レリスによる。

詩というものが、わが意に反して投げこまれた世界の不条理な法則に対する一存在の本質的反抗の表明でないとすれば、詩とは何であるか? 私には思いつきようもない。 レリス「ジャン=アルチュール・ランボーの冒険的生涯」(後藤辰男訳『獣道』)
個人的反抗というものはこの世界のいかなるものも変え得ぬこと、言いかえるならば、この世界のいかなるものをも破壊し得ぬこと、ただ、彼自身の破壊に導くだけであることを理解するようになったとき、この人間は、個人的反抗を諦めて、自分の反抗の唯一の有効な道、もろもろの価値を変える唯一の方法である社会革命の方向に自分を向けていくことになるであろう。 同前
アルチュール・ランボー、《フランスの詩人にして旅行者》とラルース辞典は記している。私は、さらに、革命家……と付け加えたい。真の詩は、すべて革命と不可分である。 同前