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2015-12-10
藁の人
小学校の教室。三年か四年。
担任の女性教師が藁(わら)の人を紹介する。今日から補助教員として社会科を手伝ってくれるという。
「コニチワ」
と藁の人があいさつする。発音が少しおかしい。背丈も普通、顔も体型も日本人的に普通だが、日本語ネイティブではないらしい。くすくす笑う生徒がいる。
「コニチワ」
と藁の人は繰り返す。
「わたしは藁の人です。英語では Straw Doll です」
すかさず生徒の一人が立って、
「それって、日本語に訳すと藁人形じゃないですか」
それをきっかけに教室中が笑い出す。英語のわかる子もわからない子も全員笑う。
生徒のあいだで藁人形遊びがはやりだす。
夜中に学校裏の神社に集まって、杉の幹に藁人形を打ち付ける。杉の木のまわりに小さな足あとがたくさん残っているのを、朝になって宮司がみつけ学校に通報する。
職員会議で対策を検討するが、校長が不在で最終判断が出せない。
校長は長期出張中。そのあいだに何度も神社から通報がある。
教育委員会から提供されたアパートで夜中に藁の人が目をさます。
起きてトイレに行く。洗面台で手を洗いながら鏡を見る。
藁に似ているところなど、どこにもない。
それなのになぜ自分は藁の人と呼ばれ、自分でもそう名乗っているのか。
あえて言えば、年齢のわりに顔のシワが多いことぐらいか。それもほんのわずかで、じっくり比較すればという程度の違いである。そんなことを言い出したら、手足が細いから藁に似ているとか、髪の毛が立っているから藁だとか、肌がカサついているから藁だとか、誰だって藁の人になってしまう。それなのに、どうして自分だけが藁の人なのか。
玄関のチャイムが鳴る。
こんな夜中に誰が何の用で?
ドアを開けると、子供が群がっている。学校の生徒たちだ。手に手にロウソクや五寸釘を振りかざして、うれしそうにしている。
「社会科の実習でうかがいました」
と生徒たちのうしろから女性教師が顔を出した。
「校長先生もご承知です」
やはり自分は藁人形だったかと藁の人は思う。
身体の部分がどうこうではない。人格が藁人形なのだ。名前からして Straw Doll だった。名前だけの藁人形だったのが、日本に来て実体が発現した。そういうことに違いない。