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2018-09-03
後悔でも言い訳でもなく、別の歴史を夢見ること
マルクスの尻ぬぐいはマルクス主義者がやるべきだったのだが、それをしなかったのがマルクス主義者。
軍国日本(あるいはファシズム日本)の尻ぬぐいは当の軍国主義者(あるいはファシスト)がやるべきだったのだが、それをしなかったのが軍国主義者(あるいはファシスト)。
とはいえどこにも酔狂者はいて、勝手に他人の尻ぬぐいをはじめたりはする。

昭和11年(1936年)2月、いわゆる2・26革命起こる。
この武装正規軍による蜂起に呼応して、陸軍少佐大友宮アマヒト親王(大正天皇第5皇子)は弘前の第8師団歩兵31連隊を率いて東京に乗り込み、革命の簒奪に成功するや大嘗祭の儀式を無視して即位。勅令による新元号は「飛鳥」、アマヒトは「天武2世」を名乗る。
これによってヒロヒトの「昭和」は11年で終わり、以後、大日本帝国は天武2世を元首としていただくファシズム国家としての道を歩む。
一方、中国大陸とアジアの情勢打開に苦慮していたコミンテルン(共産主義インターナショナル)は、大陸における日本の強大な軍事力と民族資本の蓄積に着目し、亡命地「満州国」で保護されたヒロヒトを精神的支柱とする「大東亜人民共和国」の構想を第8回大会(1940年)において正式決定する。

かくて2・26から9年後の飛鳥10年(1945年)8月15日、天武2世の大日本帝国敗戦の日。
ここは大東亜人民共和国の未来の首都に擬せられる上海──

以上が佐藤信『ブランキ殺し上海の春』(上海版)の時代設定。
軍国日本の尻ぬぐい。ベンヤミンの用語でいえば救済。
大東亜戦争肯定論のような言い訳ではなく、可能態としての歴史を探ること。『ブランキ殺し』の設定に即していえば、天武2世によって革命を簒奪され大陸に追いやられた2・26反乱の中核が、共産主義勢力と結んで大東亜人民共和国を築くという夢。ヒロヒト天皇を満州に連れ出したのは北一輝だったという。