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2019-03-02
半径ゼロメートルの天球
重いチフスから回復して外に出ると、20m ほど前方に「最遠平面」が色付きの壁紙のように下がっていた。――と動物行動学の先駆的研究者とされるヤーコプ・フォン・ユクスキュル(1864-1944)が記している。
最遠平面とは天文学でいう天球にあたり、そこから先は遠近の見分けがつかなくなる視覚的限界のこと。このときのユクスキュルの体験では、かたわらを通りすぎる車までが、その限界に達するとそれ以上は遠ざかるのではなく、ただ小さくなっていった。
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同様の例を、物理学者・哲学者のエルンスト・マッハ(1838-1916)が『感覚の分析』(須藤吾之助、廣松渉訳)であげている。
そのひとつはマッハ自身の体験。よく知らない土地で暗闇のなかを歩いていたおり、そのあいだじゅう何かしら大きな物体に突きあたりそうでびくびくしていた。その何かしらとは、じっさいは数キロメートル先の山であった。それが突きあたりそうに感じられたというのだから、このときのマッハにとっての最遠平面は、せいぜい 2〜3m の前方にあったことになる。
この体験と関連してマッハがあげているのは、生まれつきの盲人に開眼手術をほどこした事例。
ある医師が手術した盲人は、目があいた当初、見えるものはすべて眼に触れているのだと思ったという。時代が先だからマッハはユクスキュルの用語は使っていないが、手術直後にこの被験者が見た景色はいわば眼球に貼りついていたわけで、ゼロメートル先にある最遠平面、あるいは半径ゼロメートルの天球と見なせる。
別の医師の例では、被検者は立方体と球のちがいを触覚では知っていたのに、視覚では区別できなかった。幼児期に視覚的刺激の体験が欠けていたため、視覚中枢部位の発達がおくれ、おそらくは退行すら生じていただろうという。

人の成長にともなってその人の最遠平面が変わることをユクスキュルも述べている。

周囲一〇メートル以内では、われわれの環世界の中の物体は筋肉運動によって遠近を判断される。この範囲外では、本来、対象物は大きくなったり小さくなったりするだけである。乳児の場合、視空間は、そこであらゆるものを取り囲んだ最遠平面となって終わっている。われわれがその後しだいに、距離記号を利用して最遠平面を遠くにひろげていくことを学習することによってはじめて、おとなでは六キロから八キロの距離で視空間はが終わりそこから地平線がはじまるようになるのである。 ――日高敏隆、羽田節子訳『生物から見た世界』

ここで「環世界」とあるのは「最遠平面」で囲まれた球状の視界をいい、「地平線」も同じ意味で使われている。また「筋肉運動」とは眼の焦点をあわせる筋肉の働きのこと。