to top page
2019-06-06
永劫回帰を察知した犬の振る舞い
犬は盗人と幽霊の存在を疑わないとニーチェが言っている。
いや、言ったのはツァラトゥストラか。
いずれにしろ、わたしはふいに犬が吠えるのを聞いた。

わたしの思い出は過去にさかのぼった。そうだ! こどものころ、遠い遠い昔に、
――いつか、犬がこんなふうに吠えるのを、わたしは聞いた。毛をさかだて、頭をそらせ、身をふるわせて吠えたてる犬のすがたを見た。深夜の静寂のきわみには、犬も幽霊を信じるというが、
――わたしは憐れをもよおした。ちょうど満月が屋上に、死のように黙々とのぼっていた。そのしずかに動かない円盤のかがやき、――それが平たい屋根の上にあった。照らされたわが家はよその家のようだった、――
そのために、犬はあのとき恐怖にかられたのだ。犬は盗人ぬすびとと幽霊の存在を疑わないからである。 ――氷上英廣訳『ツァラトゥストラはこう言った』

前にも引いた箇所だが、終わりの一行を追加した。
盗人も幽霊も仮りの具象。犬はかつて起きたことに向かって吠えている。
あのときの犬も、かつての過去に向かって吠えていたのだ。
ニーチェの作品における永劫回帰というテーマは、ここで引いた『ツァラトゥストラ』第3部第2節「幻影と謎」あたりから前景化する。