oi-quot no.11

[2021.4.1 - 2021.5.31]

2021.5.30 sun. link

都会地のアパートに於ては、そこに住む人々は楽しく且つ幸福であるという。彼等や彼女等の部屋の窓からは、レコードのヴォルガ革命歌(?)などがもれ出て、好みのままの色あいをしたカーテンの内側には、近代文明と真実の生活があるといわれている。 ――井伏鱒二「シグレ島叙景」

新潮文庫『山椒魚』(1948年)所収。
デビュー作の「山椒魚」他、大正後半から昭和初期の井伏作品を集めた短編集。

2021.5.29 sat. link

アカデミアでの成功に大事な技術の一つは、ストーリーテリングの能力なんだろうなと。いくら試験で良い点数をとれて、知識があっても、物語を紡ぐことができなければ、技術者として活躍するしかない。 ――Hironori Funabiki on Twitter

研究におけるストーリーテリングとは、表面的なコミュ力や発表力ではない。自分の発見が、研究の体系(サイエンスの潮流)にどう当てはまり、それによって何が変わるのか、大きな視点で語る統合力。プラス、研究の面白さと臨場感を純粋に伝える情熱。 ――Prof. Keiko Torii on Twitter

いろんな能力が要る。
とりわけ Hironori Funabiki のあげるストーリーテリングの能力。

Keiko Torii の論が正論らしく見えるが、そう言い切られては物語る能力に欠ける者はつらい。
物語る能力は研究の能力とは別物だろう。
「研究の面白さと臨場感を純粋に伝える情熱」とあるが、「情熱」も能力のうち。
研究の能力、ストーリーテリングの能力、自己主張の能力、それらすべてに恵まれていることがまずは条件。

2021.5.26 wed. link

光遺伝学(光に反応するタンパク質作る遺伝子を組み込む)で作ったマウスの脳にLEDチップを埋め込み、2匹をワイヤレス接続して同期させると仲が良くなるという研究の紹介 https://t.co/vlor1O4NcV ブレインシンクロ研究の歴史も解説。昔は脳波や頭皮電極だったけど今は光遺伝学で細かいところまで行ける ――ゆきまさかずよし on Twitter

近くにいる複数の個体に同じ信号を送り込むと協調性が高まるということ?
軍事パレード、マスゲーム、合唱などと同じか。

  白地に赤く
  日の丸染めて
  ああ美しや
  日本の旗は

  朝日の昇る
  勢い見せて
  ああ勇ましや
  日本の旗は

この唱歌は長短のない四分音符を羅列することでできている。それは要するに、四拍子というものを(日本の音楽伝統のなかにはない)理解させ、覚えさせるために作られた初歩的、解説的な作品で、これによって人民はマーチの原型を教育される仕組みになっている。そうして、歌詞の内容にふさわしく、日の丸の旗じるしのもと、帝国主義的侵略に駆り出されていくことになったのである。 ――武智鉄二「伝統と断絶」

2021.5.24 mon. link

なぜ、スミスは『国富論』の最後に「公共事業」の振興を説いたのか。それは、彼が経済的な豊かさの発展そのものよりも、むしろその前提条件である社会の安全、さらにそれを支える人々の道徳を培うことこそが重要であると考えていたからだ。 ――アダム・スミスの「神の見えざる手」を多分、あなたも誤解している(高 哲男) | 現代ビジネス | 講談社(4/4)
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陰謀論の「学校で習ったことは全部間違ってます」って導入方法は、勉強できなかった人間にめちゃくちゃ心地いいやろ。他人の努力とか積み上げてきたもの全部グチャ混ぜにしてみんなでスタートラインに戻る感覚。あたいもバカだからわかる。 ――望月もちぎ on Twitter
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若林伸重 on Twitter

鈴木清順の『ピストルオペラ』、封切り時に見たはずだが中身におぼえがない。
ビジュアルだけあって、ストーリーが弱かったのか。
違うな、おぼえてないのは作品のせいではない。

2021.5.22 sat. link

昨日の引用からさらに抜き出せば、

歴史は形象へと分解する。物語にではない。 ――『パサージュ論』[N11,4]

これがベンヤミンの歴史哲学の核。
歴史を出来事の連続として見てはならない。すなわち物語として見てはならない。出来事の連続として綴られた歴史とは、その時々の勝者の歴史をつなぎ合わせて結局は現在の勝者――すなわち敵――の正当性をうたうものとなる。われわれはそのような歴史認識を取らない。

歴史はその時々の静止画として把握されなければならない。
静止画をベンヤミンの用語で Konstellation という。
Konstellation(コンステラツィオーン)の意味は、星座、星位、転じて状況、情勢、配置など。ベンヤミンの歴史哲学を訳す場合は、星座的配置、状況布置などと補って訳すのが普通。
形象が星座にたとえられるとき、形象を構成するメンバー(星々)間の関係をふくめて形象が認識される。

歴史事象を静止画あるいは星座として認識することの意義。
あり得たかもしれない歴史、可能態としての歴史がそこに留まっているから。まだ終わってないぞ、と。

2021.5.21 fri. link

歴史的唯物論の基本条項。(1)歴史の事象の認識は救済として行われる。(2)歴史は形象へと分解する。物語にではない。(3)弁証法的プロセスが遂行されるときには、私たちはモナドと関わっている。(4)唯物論的歴史叙述は、進歩の概念に対する内在的な批判をともなっている。(5)歴史的唯物論のやり方を支えているのは経験であり、常識であり、知的機敏さであり、弁証法である。 ――ベンヤミン『パサージュ論』[N11,4](『パサージュ論(三)』、2021年、岩波書店)

「歴史の概念について」(通称「歴史哲学テーゼ」)のエッセンスを抜き出すと上のようになる。
時間的順序は逆で、この[N11,4]を展開したものが「歴史哲学テーゼ」。

ここでいう史的唯物論(歴史的唯物論)はマルクス=エンゲルスの史的唯物論なのかという問題。
マルクス=エンゲルスは自らの論を科学と称したが、[N11,4]にはそのような構えはない。さらに言えば、唯物論ですらない。

「歴史哲学テーゼ」に先立って「史的唯物論の改訂のための12のテーゼ」というテキストがあったとする証言が、ベンヤミンの友人で小説家のゾーマ・モルゲンシュテルンから、これも友人のカバラ学者ゲルショム・ショーレムに送った手紙にある。
1939年8月の独ソ不可侵条約の締結からまもない頃のこと。
反共国家ナチス・ドイツとソビエト連邦が相互の不戦・中立を取り決めたこの条約を、おおかたのコミュニストは肯定的に受け止めたが、ベンヤミンにとっては史的唯物論への信頼を失わせるものとなった。そうした日々のある会食の席でベンヤミンが読みあげたテキストが「史的唯物論の改訂のための12のテーゼ」と題するもので、その第1テーゼは後の「歴史哲学テーゼ」の冒頭と同じ内容であったという。

モルゲンシュテルンの証言は鹿島徹訳『[新訳・評注]歴史の概念について』のイントロダクションによった。この友人の回想が確かなものだとすると、ベンヤミンとマルクス=エンゲルスの史的唯物論は別物ということになる。

2021.5.17 mon. link

コロナ騒ぎで世の混迷は深まるばかりですが、混沌(カオス)のうちに或るパターンが見えて来ます。かつて幕末のコレラが井伊直弼の首を転がして収まったように、今回のコロナもいずれ政治家の誰かの首を飛ばしてめでたく終結するでしょう。予想でも予見でも、ましてや予測でもありません。ただ生々しい予感がするだけです。 ――新シーズン開幕 ブログとラインを一本化 - 野口武彦 公式サイト

予感というより待望ではないか、惨劇の。

2021.5.15 sat. link

彗星の起源と本性、および現在

今日では誰もが彗星をひどくばかにしている
N2O、NH3、CH4 などの氷が大部分
ざくざくした穴だらけの氷で、その間に金属の小粒が埋もれているもの

彗星の母群は太陽から数万天文単位の距離にあり、長径15万天文単位ほどの楕円軌道を描く
この距離は最近の恒星までの距離の約半分にあたり、
この母群から太陽に近づいた彗星が惑星の近くに来ると、
その引力を受けて加速 → 双曲線軌道
その引力を受けて減速 → 短周期の楕円軌道
太陽の勢力範囲の限界億個
彗星は優越的な惑星たちの哀れな玩具なのだ
惑星たちは彗星を突き飛ばし、勝手気ままに引きずりまわし、太陽熱で膨張させ、
あげくの果てはズタズタにして外に放り出す

完膚なきまでの権威の失墜

母群中の彗星は太陽系が誕生した時の名残というよりは、星間物質から作られたと思われ、
母群に新しい彗星の補充がないとしても、
直径 1m 程度の粒子では太陽に近づくと蒸発して
ただ一つの役割、すなわち謎の役割を果たすだけ
宇宙の記述の中で、彗星の存在は完全に無視されている

粒子の平均密度は 0.05g/cm3 で、相互に広い間隔をおいて存在し、彗星の核の95%は空所
粒子の大きさは 70km 以下、おそらく 1km 〜 数km 程度
それが人間というものなのだろう
何もしないし、できないし、
太陽系以外からと信ずべき理由もない

かつて彗星を使者としてあがめていた頃の、何というへり下った敬意
それが無害と分かってからの、何という嘲りの口笛

2021.5.14 fri. link

誰かがいなくなってしまう話。
_why 氏の場合。

Brody Pools one

_why the lucky stiff という人がいた。
Ruby 言語のプログラマーだったが、2009年に自身の Twitter アカウント、Github アカウント、さらに個人サイトをオフにして、人々の前から姿を消した(Wikipedia)。

自分が _why のことを知ったのは彼がいなくなってからだが、Ruby の世界で伝道師的な役割を果たした人物のようで、彼の作物までが消えてしまうことを惜しんだ仲間たちが、_why のプログラム、書籍、エッセイ、小話、戯曲、詩、イラスト、漫画、動画、オーディオ、その他あれこれを集めて、_why's Estate というサイトを作った。ほとんどのコンテンツが今も健在で、上の漫画もそのひとつ。

2021.5.13 thu. link

モチーフに思いを遂げさせるということ。

上田秋成という文学者には、これを主題的一貫性と方法的多様性と呼んで間違いないような一つの強烈な性癖がある。いったん頭にしみついた、というより魂に巣喰った心的モチーフへのとことんまでの固執がある。 ――野口武彦「歴史の落丁と物語の乱丁」(『秋成幻戯』所収)

或る同一モチーフが手を変え品を変え、あるいは史論として、あるいは評釈として、究極的には「物語」として、自己自身を産み落すにいたるまで執拗に追求される態の想像力 ――同前

秋成の固執的モチーフは(……)「物語」にみずからを孕ませるまでは、モチーフそれ自体としてまるはだかでいるほかはないのである。たとえば『海賊』の文室秋津ふんやのあきつの、あの孤独な熱弁のように。 ――同前

たんに同一の所見が論者の独白から作中人物の対話に変っただけだとしたのでは、秋成が『鴛央行』でなしとげた「物語化」ということの意味が見失われてしまう。この場合、「物語化」とは何か。秋成が自己のモチーフに思いをとげさせたことである。 ――同前

2021.5.12 wed. link

物語の毒ということ。

わかの浦に汐満ちくればかたを無み芦べをさしてたづ鳴きわたる(山部赤人)
妹に恋ひあごの松原見わたせば汐干の潟にたづ鳴きわたる(聖武天皇)
桜田へたづ鳴きわたるあゆちがた汐ひのかたにたづなき渡る(高市黒人)
難波がた汐干にたちてみわたせば淡路の島へたづ鳴きわたる(読人不知)

上田秋成の「歌のほまれ」は『春雨物語』所収の一編。
その中で秋成が上の4首を列挙して言うには、昔の人は他人の歌を犯したのではない、心のまま素直によんだから同じ表現になったのである、と。
「歌のほまれ」は600字足らずの小品で、内容も以上のように要約でき、物語というより歌論である。それが『物語』を称する作品集に収められているのは何故か。

秋成は「歌のほまれ」以前にも同じ4首を題材に論を繰り返してきた。また物語としての結構をそなえた「鴛央行」という作もある。野口武彦の論考「歴史の落丁と物語の乱丁」は、これらの先行作品を検討する中で、秋成が歴史の欠落を虚構で繕う操作を重ねたことを明らかにし、次のように結論づけた。

少なくとも一つ、確実にいえることがある。いわゆる物語性に乏しい『歌のほまれ』は、上田秋成独自の文脈において、かつその文脈においてのみ、物語の始発点であった。『金砂』六の「長ものがたり」を閉じる自作歌に、〽いつはりも真言まこともよしや世に流れよどめるほどを書きもとどめん。秋成がこの作品で真偽をごちゃませにして史実を揶揄したことはすでにいった。秋成は早くもこの『歌のほまれ』の世界のうちにすら、歴史という毒を制するもう一つの毒、すなわち物語の毒をたっぷりと仕込んでいたのである。 ――「歴史の落丁と物語の乱丁」

見た目は歌論だが、じつは物語である、それも「物語の毒」をたっぷり仕込んだ物語なのである、と。
では、物語の毒とは何か。それは「歴史という毒を制するもう一つの毒」とあるので明らか。すなわち、物語をもってすれば歴史を転倒できるとの意味でなければならない。
なお引用部分の冒頭に「少なくとも」とあるのは、なぜ『春雨物語』に収められたのが「鴛央行」ではなく「歌のほまれ」なのかという問への答を野口が保留ないし諦めたことを受けている。

2021.5.11 tue. link

経済的に行き詰まった僕の一家は、渋谷区神宮前のマンションを引き払い、運送屋から借りたトラックで京都に向かった。たどり着いた先は雑木林にかこまれた町外れの一角、近くの沼から腐臭の漂ってくる木造のあばら家である。
いっぽう、あとにしてきたマンションでは――

その頃、電気が止められてすっかり真っ暗な神宮前のマンションの中で、二人の男がタバコに火をほぼ同時につけた。それぞれが別々にライターを持っていたが、どちらも貧乏臭い百円ライターだったので両者とも恥ずかしそうに急いでポケットに収めた。

中原昌也の短編「ロック演奏会」(『待望の短編は忘却の彼方に』所収)は、舞台が最初のマンションにもどった時点で語り手の僕が消え、以後、僕一家の運命が語られることもない。
かわりに僕とも僕一家とも関係のないロックグループのバンド活動が終局まで描かれて、完。

同じ中原の「ジェネレーション・オブ・マイアミ・サウンドマシーン」(『マリ&フィフィの虐殺ソングブック』所収)でも語り手が途中で姿を消す。
「ジェネレーション・オブ――」は文庫本で5ページ足らずの掌編。

語り手は家で一人、昼間から酒を飲んでいる。
どこからか美しい歌声がきこえてくる。
窓をあけると、向かいのアパートのベランダで洗濯物を干しながら歌っている若い女性。
「歌うことが好きなの?」
と語り手は話しかける。
女性は質問に顔を赤らめる。仕草がかわいい。

語り手と女性の会話を綴った冒頭部分は1.5ページほど。
ここで語り手の僕は消える。

その夜、近所の公園で小鳥の鳴き声が長い時間きこえていた。
鳥カゴごと2羽の小鳥が捨てられていたのだが、やってきたルンペンが鳥カゴに手を突っ込んで、2羽とも食ってしまう。
この出来事につづいて、ルンペンの醜悪な生活と内面が綴られ、翌朝は日曜日。
遠足の幼稚園児や写生にきた女子学生たちは、公園に満ちたルンペン小屋の悪臭を吸って陰気な大人になり、全員が若くして死ぬ、《それぞれに悔いを残して》。
この公園のくだりが約3ページ。

最後に、語り手であり主人公でもあるかに見えた人物がもどってくる。
このくだりが半ページ足らず。
語り手はまた一人で酒を飲んでいる。
どこからかラテンっぽいリズムがきこえてくる。向かいのアパートの女性はすでに引っ越してここにはいない。この陽気な音楽をきいているのは誰なのだろう。
語り手はその人物を探しかけるが、
「そういう若い人と話があうわけがない」
と思いなおしてまた酒を飲む。

いたはずの人物(ここでは語り手の僕)が、気づいたときには消えている。
読者を訪れる遅ればせの空白感、喪失感。あるいは解放感。

2021.5.10 mon. link

どうせ歴史は落丁だらけである。だとしたら、歴史の意図的な乱丁をもってそれと拮抗してもどこが悪いというのか。歴史の頁をいったんばらばらにしてまた綴じ直すのに、何の問題があるというのか。乱丁であるからこそ意味を持つもう一つの次元が存在する。(……)そしていったん「物語」が始動したからには、以後は物語固有の文法がものを言いはじめる。もはや正史の出る幕ではないのである。 ――野口武彦「歴史の落丁と物語の乱丁」

どの物語を信じるかということ。
いや、違うな。たんに物語を信じること。ただし、物語として信じること。
物語として信じることによる解放と慰め。

知らない人に声をかけられて
ついていったら、娼婦にされてしまった
とても悲しい
悲しくて、つらい
だからわたしは、あの人の名を呼ぶの…… 従軍慰安婦の歌 - Magazine Oi!

1月6日の議事堂占拠事件で逮捕された人たちの弁護士は、被告が'Foxitis'や'Foxmania'のせいで参加したと主張しているとのこと。Foxitisとは、FOXニュースが陰謀論を注入したことに起因する精神状態ということらしい。要するにFOXに洗脳されたってこと? ――Kazuto Suzuki on Twitter

陰謀論の信奉者は、その「物語」を「真実」をみなしているという点で、彼らは文字通り「真実」を信じている。つまり、ポスト・トゥルースという言葉に反して、そこには「真実」しかない。 ――木澤佐登志『ダークウェブ・アンダーグラウンド』

関連記事: 2020.8.31 mon. #posttruth

2021.5.9 sun. link

雲と同じような自由と怠惰。

喫煙する者は、周囲の事物と一体になる。空、雲、光などの事物と一体になるのだ。喫煙者がそのことを知っているかどうかは重要ではない。煙草をふかすことで、人は一瞬だけ、行動する必要性から解放される。喫煙することで、人は仕事をしながらでも〈生きる〉ことを味わうのである。口からゆるやかに漏れる煙は、人々の生活に、雲と同じような自由と怠惰を与えるのだ。 ――ジョルジュ・バタイユ『呪われた部分 有用性の限界』(中山元訳)

自己主張からもっとも遠く。

個人は喫煙において、その優雅さを示す。個人が煙草に吸われるのだと言ってもいいほどだ。喫煙すること、とくに自覚なしに行われるこの営みは、自己主張からもっとも遠く、すでにごく透明なものになっているのである。 ――同前

日本のことわざに、煙草は忘れ草、煙草は憂さを忘れ草。

2021.5.6 thu. link

英語版の『山椒魚戦争』を DeepL翻訳/DeepL Translate で自動翻訳。

the Italian suggestion that states with an excess of salamanders be allocated new shores or areas of the sea bed for colonisation was rejected; the Japanese suggestion that they be given an international mandate to govern the newts as representatives of the coloured races (the newts were by nature black) was rejected. ――The War with the Newts

サンショウウオを過剰に飼育している国に新しい海岸や海底を割り当てて植民地化するというイタリアの提案は却下され、有色人種の代表としてイモリを管理する国際的な権限を与えるという日本の提案は却下された。

原文のカッコ内を訳し落としてる。不確かな箇所をまるまる無視するのが DeepL の癖という(link)。
newt と salamander はどちらも山椒魚のことだが、訳文では newt をイモリ、salamander を山椒魚と訳し分けた。他の箇所でも同じことになる。

2021.5.5 wed. link

岩井克人『貨幣論』P.158に、ケインズの書から「人々が月を欲しがっている云々」の引用あり。
月とは手の届きそうで届かないものの謂。小林一茶の句と同じ。
この件、手が届かないという事実より、手が届きそうとの感覚に意味あり。

参考: ask [cry] for the moon(不可能なことを望む) | イラストで学ぶ!英語表現
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切っても 切っても 生えてくる
泉州の兄弟

切っても 切っても 首が生えてくる
泉州の兄弟

切っても 切っても
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2021.5.4 tue. link

凧がなあ、と言う。
凧がどうした。
いえ、その凧ではないんで。


親分、子分の関係である。あるいは、親蛸と子蛸。
御前崎、どうぞ、と呼びかける。
すると、こちら✗✗崎、どうぞ、と返ってくる。たまたまだが、3:28 AM。

2021.5.2 sun. link

「あの六人はね、昔、東両国でたいそうな評判をとったこともある、手妻てづまと幻術使いの一座なのだよ」と、葵奥様は話してくれた。「幻灯機とからくり人形を組み合わせた、大仕掛けが得意でねえ。ところが、あまりに凄い見世物をするので、お上に睨まれてね、御府内ごふないでは木戸銭を取って舞台をすることができなくなってしまった(…)」 ――宮部みゆき『日暮らし』

ひさしぶりに『日暮らし』を読み返していたら上のくだりが。
「幻灯機とからくり人形」という具体性は忘れてた。
時代背景は19世紀前半くらいと思うが、そのころの江戸に幻灯機とからくりを組み合わせた見世物があったということか。ヨーロッパでいうファンタスマゴリー。
大仕掛けとしたのは宮部のフィクションかもしれないが、すでに技術も手法も流入していたのだろう。

Histoire des Projections Lumineuses » Archives du Blog » Projection de SPECTRES VIVANTS et de FANTOMES au théâtre

links:
ファンタスマゴリー - Wikipedia
ファンタスマゴリー - Magazine Oi!

2021.5.1 sat. link

なぜ彼女が… ホームレスの死が問いかけるもの 東京・渋谷のバス停で事件|NHK事件記者取材note

ホームレスとはじつはハウスレスのこと。
人は屋根がないと生きていけない。雨、雪で凍え死ぬ。
それと風を防ぐ壁。外敵も。

2021.4.30 fri. link

隣りのインド人、向かいのインド人、インドから来たインド人、二階のインド人、そういえば幻の下宿人、病院で知り合った女を映画に誘って暗闇で胸をもんだ男は、あれからどうなったのか。主人公だったはずだが…

空いてるアパートがあるときいて、トレルコフスキーは賃借の交渉に出かける。
権利金の額がおりあえば貸してもらえるらしい。
ただし、部屋が空いたのは住人の女が窓から飛び降り自殺をはかったからで、その女はまだ生きていて病院にいる。
部屋を借りたあとに女がもどってきたら面倒なことになる。
そこでトレルコフスキーは病院に様子を見にゆく。
ステラという女が見舞いに来ている。
原文の流れがおかしいのか、翻訳のせいなのか、読んでるこちらがおかしかったのか、ステラの登場が唐突。台詞があるから存在している。そんな感じで現れた気がする。
トレルコフスキーはステラを映画に誘って、暗がりで彼女の胸をもむ。
やはりそういう話だったか。
ローラン・トポール『幻の下宿人』(榊原晃三訳)から。

批評より再話を。読んだ話を繰り返す。不確かなままでいい。

2021.4.29 thu. link


ペーパーナイフと人間では本質のあり方が違うとするサルトルの論に関して。
たとえば、日本のどこかに火山が出現したとする。
その火山が将来どのようなものになるかはまだわからないが、少なくとも誕生の時点で火山が火山としての本質を備えているのは確かで、この点においてペーパーナイフと変わらない。
火山を動物に置き換えても同じことが言える。
牛は生まれた時点で牛の本質を備えており、鳥や魚も同じ。やはりペーパーナイフと変わらない。
動物の一員である人間についても事情は同じ。

2021.4.27 tue. link

捨てるという解。

そういえば「清兵衛と瓢箪」もそんなだったな。
教師や父親から瓢箪趣味をとがめられた清兵衛は、リヤカーに瓢箪を積んで捨てにいく。
川岸でリヤカーを傾けて、一気に瓢箪を川に流し捨てる。

志賀直哉には捨てる話が多い。
物を捨てる。気持を捨てる。捨てて事態を決着させる。
夜中。そんな気がして「清兵衛と瓢箪」を読み直したら、まったく違うストーリーだった。
リヤカーなど出てこないし、瓢箪を捨てる場面もない。
教師に叱られたり、親に殴られたりはする。
――――
頭を使え

2021.4.26 mon. link

はなから不可能な相互理解の幻想こそが問題を悪化させている。誰かに見せびらかすための歩み寄りはステレオタイプなラベルづけにいたることが多く、ラベルづけされた者は拒否反応で先鋭化、ますます相互不信と両極化が深まる。 ――出島社会のすすめ── 連帯ブランディングより幸福な分断を | 遅いインターネット

人種、思想、経済力などによって社会を分割し、別の社会への窓口として「出島」を設けるということ?

2021.4.24 sat. link

民主主義を変化させる操作変数として、私たちは既存研究が提案した5つの変数を再利用した。


どの操作変数を用いても、民主主義は経済も人命も痛めているという結論にたどり着いた。 ――RIETI - 民主主義の呪い:2020年の教訓

ナイロビの街のあちこちに取り付けられたファーウェイ製の監視カメラ。キノコの帽子の部分に「HUAWEI」のロゴが見える。カメラ部分はぐるりと回転し、ズームもでき、遠隔操作で映像を見ることができるという=2020年2月2日

街頭に設置された監視カメラから、人々の振るまいや発言がデータとして採取される時代になっています。中国の国営監視カメラ網がいい例です。24時間、365日、無数の監視カメラ群が表情と声色を捉え、あらゆる政策論点について、人々が街中でどんな声で何を語りどんな意思を表明しているか聞き耳をたてています。そこから我々民衆の中の隠れた声を見つけ出す。そんな民主主義の姿がそう遠くない将来にくるのではないでしょうか。 ――イエール大・成田悠輔助教授「選挙も政治家も、本当に必要ですか」:朝日新聞GLOBE+

成田悠輔とセットの検索ワードに、高校、学歴、出身高校、東京大学、年齢、麻布、本など。
――――
DARPAで爆弾処理用のロボが兵士の代わりに吹っ飛んで壊れた時に兵士が長年の戦友を失った様な喪失感を感じると言うストレス反応が出て問題になってたな。
わざとデザインを生物に寄せてなかったのに意味がない。 ――𝕱𝖗𝖔𝖘𝖙,𝔇𝔞𝔯𝔨 𝔏𝔬𝔯𝔡 𝔒𝔣 𝔱𝔥𝔢 𝔖𝔦𝔱𝔥 on Twitter

2021.4.22 thu. link

自己の個体を構成する諸要素を――自己の利害にも意思にもかかわりなく――盗む者、それが自家窃盗症である。彼は自分自身を自分で盗む。 ――トリスタン・ツァラ「弱い愛と苦い愛に関するダダ宣言」(浜田明訳『トリスタン・ツァラの仕事I――批評』

2021.4.21 wed. link

DeepLは「自然な文章」を出力しようとするあまり、うまく訳せなかった単語やセンテンスを丸々なかったことにしちゃう事がある ――ヲビワン on Twitter

訳せない文があると訳文中で謝って(?)きたり、一つの原文に対して訳文を二つ並べたりしてくるのでけっこうクセはあるDeepL ――とりにく on Twitter

2021.4.20 tue. link

4月16日付、成田悠輔、須藤亜佑美の共同論文 Curse of Democracy: Evidence from 2020 のアブストラクト。DeepL による自動翻訳。

民主的な政治体制の国ほど、2020年にはGDPの損失が大きく、Covid-19による死亡者数も多かった。 5つの異なる操作変数戦略を用いて、民主主義が富と健康の損失の主な原因であることを明らかにした。この影響はグローバルなものであり、中国や米国だけが原因ではない。民主主義が負の影響を与える主な要因は、流行の初期段階での封じ込め政策の弱さと狭さであり、政策導入の速さではない。

同論文の結論(の末尾)。同じく DeepL 訳。

民主主義自体には、それが経済的にも健康的にも良い結果をもたらすかどうかにかかわらず、規範的、手続き的な美点がある。 我々の分析は、これらの規範的・手続き的価値には触れていない。さらに重要なことは、2020年の成果に対する民主主義の短期的、一時的な影響に関する我々の発見にもかかわらず、民主主義国は長期的にはより良い成果を生み出す可能性があるということである。 今回の発見の望ましい解釈は、パンデミックのような緊急事態の最中に、政府が潜在的に不人気ではあるが効果的な行動を断固として徹底的に取ることができるように、特定の状況における民主主義の特定の側面に改善の余地があるのではないかということです。

同論文中のグラフ。

2021.4.19 mon. link

一人の男が磔刑にされる。
他国者である。
男は十字架の上で人々をあざけって言う。
「鉄の釘で打ち付けるとは、なんてけちな連中だ。おれの国だったら銀の釘を使うぜ」
男はいつまでも愚弄の笑いをつづけた。
人々は彼の言ったことをしばらく理解できなかった。
だが、いつの頃からか酒場やボウリング場や教会などで、この男のことを前とは違った口調で話題にしはじめた。
人は誰も一生に一度は磔刑にされる。ならば磔刑には銀の釘を使うべきではないか。
彼を記念する銅像が広場に建てられた。
男が生きていたときの名前を確かめておかなかったので、銘には John Silvernail と記された。

以上、カール・サンドバーグの詩「銀の釘(Silver Nails)」による。
――――
資本主義に対する均衡錘の消滅。

コミュニズムの夢があまりリアリティを持たないにしても、それにもかかわらず、マルクス主義者たちは、コミュニズムの夢、よりよい社会を作ろうという夢を分析してきました。いまや、それは存在しません。資本主義に対する批評的な均衡錘カウンター・ウェイトがまったくなくなってしまった。いま起こっていることは本当に恐ろしいことだと思いますね。世界的規模の企業文化が最終的な解答であるとされ、それに対立するものが何もない。それは非常に悲劇的な状況だと思います。 ――リチャード・フォアマン「オントロジカル・ヒステリック・シアターの現在」(巻上公一・鴻英良編『反響マシーン――リチャード・フォアマンの世界』

2021.4.18 sun. link

Cat discovers she has ears.. ――Buitengebieden on Twitter
――――

気球に乗って犬がおりてくる。
穴に落ちる。
人間の男と腕を組んで去る。
それだけのストーリーであるらしい。

(忠犬Gのプロフィール)

とはいえ、生きていれば愉快な一日もある。
今日がそんな日だった。
丘の上に見えたのは絞首台であるらしい。

2021.4.17 sat. link

諸隈元シュタイン on Twitter

4月14日の朝日新聞か。

2021.4.16 fri. link

回転草|mataji|note

2021.4.15 thu. link

資料をノートに抜き書きするかわりに、メモ用紙に書いて壁に貼っておく。
内容が頭に入ったら壁のメモ用紙を捨てる。
柳田国男がそのようにしてたという話を最近どこかで読んだ。
副次効果として、知見が自分オリジナルなものに変わり、出典をぼかすことができる。
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審判の見ていないところで、フォワードが相手のディフェンダーを地面に押し付けて殴っている。
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直径1kmほどの円形の草っぱら。むこう側から兎がこちらを見ている。
手を振ってみる。
気がついたらしく、兎がこちらに駆けてくる。
知り合いというわけではない。無用心ではないか、兎。
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このアプリを入れたスマートフォンを政治家の顔にかざすと、顔認識技術によって、腐敗を示すパープルの色がつき、警告を発する。認証される顔の画像は、テレビ画面、新聞、インターネット、屋外ポスターにあるものはもちろん、候補者本人とリアルに対面した際にもアプリは機能する。 ――汚職の履歴を顔認証で紐づけ。情報の「身体化」で実現したブラジル発のアプリ | Forbes JAPAN(フォーブス ジャパン)

2021.4.13 tue. link

乞食は乞食をし、泥棒は泥棒をし、淫売は淫売をしている。
殺人物語の歌手は殺人物語を歌う。
             ――ブレヒト『三文オペラ』

冒頭の舞台光景の説明にかくあり。
共同作業における他者への信頼。あとは役者の皆さんよろしく、と。

シンプルにやる。

殺人物語は、Moritat(モリタート)の訳。
殺人や犯罪などの行為を歌ったり語ったりする大道芸。

2021.4.12 mon. link

Behold 19th-Century Japanese Firemen’s Coats, Richly Decorated with Mythical Heroes & Symbols | Open Culture

2021.4.11 sun. link

自我の恒常性について。

自我もまた、ただ相対的に恒常的であるにすぎない。自我が一見恒常的に思えるのは、就中その連続性、変化が緩慢なことに負うものである。昨日から今日へとうけつがれていくさまざまな考えや計画――覚醒時には環境によってたえずそれを想起させられる(夢の中ではこのような継承的想起を欠くので、自我がひどく朦朧となったり、二重になったり、或いは全く欠如していたりしうるのである)――、無意識的かつ不随意的にかなりの期間保持される些細な習慣、こういったものが自我の根幹を形づくる。 ――エルンスト・マッハ『感覚の分析』(須藤吾之助、廣松渉訳)

物体は傷がつくこともあれば、色が変わることもある。熱いときもあれば、冷たいときもある。だから、物体は絶対的に恒常的なのではない。相対的に恒常的なのである。
物体の恒常性をそのようなものとして言ったのに続いてマッハが比較的恒常的なものとしてあげたのが自我。
自我も絶対的に恒常的なのではない。
ある人の自我と他の人の自我の差異は、ある人の自我に年月を経て生じる差異より大きなものではない、とも。

2021.4.10 sat. link

明智光秀の母親の隠居宅を、旅の僧に化けた羽柴秀吉が訪れて宿を乞う。
秀吉に風呂をすすめる母親。
鎧姿の光秀が秀吉の行方を追ってやってくる。
風呂場の外から槍を突き入れる光秀。
すると穂先にかかって引き出されてきたのは光秀の母。

現実をミニチュア化して再現すること。
というより、再現はミニチュアにならざるを得ないこと。
『絵本太功記』尼ケ崎庵室の場は、本能寺の変から山崎の合戦にいたる間の歴史状況のミニチュア。
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最古の霊長類の化石を発見、大量絶滅から10万年後: 新種の霊長類は、白亜紀末の大量絶滅の10万年後に生息していました。霊長類の祖先が恐竜と同時代に生きていたとする説を補強する発見です。 ――ナショナルジオグラフィック日本版 on Twitter

2021.4.7 wed. link

月が昇った。
アラビア人が現れた。
また月が昇った。
旅人が現れた。
アラビア人は鞭を振り回した。
ジャッカルが現れた。
風が吹いた。
旅人は出発した。

出発地にもどる。

2021.4.6 tue. link

 牛物語

2021.4.3 sat. link

「モッキンバード
ヒラリーは拘束されているが、逮捕は(まだ)されていない
フーマはどこか? フーマを追え
ロシアとは関係がない(今のところ)
大統領はなぜ将軍たちに囲まれているのか?
軍の諜報機関とは?
なぜCIAやFBIのような諜報機関がうろついているのか?」

預言詩のような体裁の文章は、ユーザーに次々と問いかけてくる。あたかもヒントを出すからそれを読み解いていけというように。やがて、この投稿の匿名の人物は自らを「Q」と自称するようになる。
――Qアノンと日本発の匿名掲示板カルチャー【5】 - 清義明|論座 - 朝日新聞社の言論サイト

ほのめかしの疑似餌。
あるいは童謡=わざうた。
ということは、民の無意識が童謡を生むのではない。