七福漂流記(仮題)イントロ
最近書いた二つのメモ。
- 東京湾の名前
- 七福神メモ
書き捨てのつもりだったが、勢いとか流れとかはある。
この二つをつなげたら、何かのイントロになるのではないか。
で、やってみる。
死んで神になるやつとならないやつがいる。
俺たちはなった。神になって、この世をうろついている。
どうして「あの世」ではなく「この世」かときくのかね。
当然の質問だが、答も当然だ。
「あの世」なんてものはない。それだけのこと。
天国がどうの、地獄がこうの、来世がどうたら言う連中に気をつけろ。たいがいは詐欺だぞ。
神ならば、同一時刻に異なる場所に存在できる。
福禄が東京駅にいて、寿老人が新宿駅にいる。それからたとえば福禄が池袋に移って、寿老人が品川に移る。そのようにすれば、まったく別の場所に同時に存在できる。
そんなことは神でなくてもできると言うのかね。
まあ、できるな。
で、それが何の役に立つのか、と。
じつは福禄と寿老人は見た目がそっくり。だから、いっぽうが東京で悪事を働いているあいだに、もう一人が新宿で姿をさらしていれば、アリバイ工作に使える。もっとも俺たちは悪事はしない、神だからな。善いことしかやらない。渋谷と秋葉原で同一(に見える)人物が同じ善事をおこなえば、ありえない不思議を演出できる。
もともと福禄と寿老人は同一人物だという説もある。
七福神の船が浦賀水道にさしかかる。
「ここから先が東京湾か」と料理長の布袋が言う。
「馬鹿か、おまえは」と別の七福神が言う。
海上にちらほら浮かぶ小舟や陸のようすを見れば、今が近代とか現代とかでないことはわかる。どうやら江戸時代だ。したがって東京という名はまだない。ゆえに東京湾という名称もない。
七福神それぞれが、勝手なことを言う。
「じゃあ、なんて呼ぶんだ」
「さあな」
「江戸前とか、品川沖とか、葛西の沖とかは言ったな」
「じゃあ、東京湾全体はどうするんだ」
「知らねえよ」
「東京湾がなかったということは、湾そのものがなかったということか」
「たぶんな」
「おいおい、でたらめを言うな。品川沖や葛西沖だけがあって、あとは、どでかい穴だとでもいうのか」
「そんな穴は見当たらないな」
「てことは、湾はあったけど名前はなかったということで、がまんするしかないか」
「どうも落ちつかねえな」
「まあ、そのうちなんとかなるだろう。やきもきしてもしなくて、どうせいつかは東京湾だ。そんなことより、いまが江戸時代として、江戸時代のどのへんだ?」
「元禄あたりではないか」と寿老人が言う。七福神のうちいちばんの物知り。ただし、でたらめも多い。
「元禄っていうと、あれか、赤穂の浪士が悪者の吉良上野介をやっつけた騒ぎ。腕が鳴るなあ、俺もやりてえ」と乱暴者の毘沙門がはやくもいきりたつ。
「まあ、まあ」と船長の大黒がたしなめる。「歴史的事件にかかわっても、おもしろいことはないよ。どうせ結果は決まってるんだから」
「それはどうかね」と仲間のやりとりを見ていた弁天がはじめて口を開く。
弁天は七福神のうちただ一人の女神で実質的リーダー。名目的には、かつて大国主(おおくにぬし)として山陰地方を支配していた経歴から大黒がリーダーとして奉られているが、この船長はなにかと優柔不断。いざというときは弁天の判断に仲間は従う。彼女は琵琶をかき鳴らして仲間の戦意を鼓舞し、きれいな歌声で人々を酔わすこともする。
「やってみようよ」と弁天がつづける。「赤穂事件、引っかき回してみようじゃないか」
「おう、俺はやるよ」
「おもしろそうだ。ツッコミどころはいくらでもある」
「手はじめにどこから掛かる?」
「あの──」
と船の隅で大人たちの会話をきいていた恵比寿童子が声を出した。
「関東地方もないんですか」
「あん?」
「東京湾がないみたいに、関東地方もまだなかったんですか」
「なかったろうな。それがどうかしたか」
「父さんが関東地方のどこかにいるときいてます。関東地方がないということは、父さんもいないんでしょうか」
「そういうことか」
恵比寿童子が父親に会いたがっているのは皆知っている。神にまでなって父親を恋しがるとはどういうことか。そこのところが大人たちには理解できないが、恋しいものは恋しいのだろう。
「まあ、心配するな」と寿老人がなぐさめを思いつく。「関東地方はなくても、関東はある。関東のうちを探せばいい」
「関東と関東地方は同じものですか」
「逢坂山からこっちが関東だから、だいぶ関東のほうが広いがな。いや、がっかりするな。親父さん探しは、俺たちみんなで助けるよ」
「そのとおりさ」と弁天が童子に言う。「あたしたちが力をあわせて、かならず父さんに会わせてやる。だけど助けてもらうには、おまえも七福神の一員だってところを見せなきゃいけない。いいね、おまえもいまから一働き見せておくれ」
恵比寿童子がうなずいたのを見て、弁天は一同に視線をもどす。
「じゃあ、上陸だよ。まずは、いまが正確にいつで、事態はどこまで進んでるか」
船は品川沖にかかっている。
- 東京湾の名前
- 七福神メモ
書き捨てのつもりだったが、勢いとか流れとかはある。
この二つをつなげたら、何かのイントロになるのではないか。
で、やってみる。
死んで神になるやつとならないやつがいる。
俺たちはなった。神になって、この世をうろついている。
どうして「あの世」ではなく「この世」かときくのかね。
当然の質問だが、答も当然だ。
「あの世」なんてものはない。それだけのこと。
天国がどうの、地獄がこうの、来世がどうたら言う連中に気をつけろ。たいがいは詐欺だぞ。
神ならば、同一時刻に異なる場所に存在できる。
福禄が東京駅にいて、寿老人が新宿駅にいる。それからたとえば福禄が池袋に移って、寿老人が品川に移る。そのようにすれば、まったく別の場所に同時に存在できる。
そんなことは神でなくてもできると言うのかね。
まあ、できるな。
で、それが何の役に立つのか、と。
じつは福禄と寿老人は見た目がそっくり。だから、いっぽうが東京で悪事を働いているあいだに、もう一人が新宿で姿をさらしていれば、アリバイ工作に使える。もっとも俺たちは悪事はしない、神だからな。善いことしかやらない。渋谷と秋葉原で同一(に見える)人物が同じ善事をおこなえば、ありえない不思議を演出できる。
もともと福禄と寿老人は同一人物だという説もある。
七福神の船が浦賀水道にさしかかる。
「ここから先が東京湾か」と料理長の布袋が言う。
「馬鹿か、おまえは」と別の七福神が言う。
海上にちらほら浮かぶ小舟や陸のようすを見れば、今が近代とか現代とかでないことはわかる。どうやら江戸時代だ。したがって東京という名はまだない。ゆえに東京湾という名称もない。
七福神それぞれが、勝手なことを言う。
「じゃあ、なんて呼ぶんだ」
「さあな」
「江戸前とか、品川沖とか、葛西の沖とかは言ったな」
「じゃあ、東京湾全体はどうするんだ」
「知らねえよ」
「東京湾がなかったということは、湾そのものがなかったということか」
「たぶんな」
「おいおい、でたらめを言うな。品川沖や葛西沖だけがあって、あとは、どでかい穴だとでもいうのか」
「そんな穴は見当たらないな」
「てことは、湾はあったけど名前はなかったということで、がまんするしかないか」
「どうも落ちつかねえな」
「まあ、そのうちなんとかなるだろう。やきもきしてもしなくて、どうせいつかは東京湾だ。そんなことより、いまが江戸時代として、江戸時代のどのへんだ?」
「元禄あたりではないか」と寿老人が言う。七福神のうちいちばんの物知り。ただし、でたらめも多い。
「元禄っていうと、あれか、赤穂の浪士が悪者の吉良上野介をやっつけた騒ぎ。腕が鳴るなあ、俺もやりてえ」と乱暴者の毘沙門がはやくもいきりたつ。
「まあ、まあ」と船長の大黒がたしなめる。「歴史的事件にかかわっても、おもしろいことはないよ。どうせ結果は決まってるんだから」
「それはどうかね」と仲間のやりとりを見ていた弁天がはじめて口を開く。
弁天は七福神のうちただ一人の女神で実質的リーダー。名目的には、かつて大国主(おおくにぬし)として山陰地方を支配していた経歴から大黒がリーダーとして奉られているが、この船長はなにかと優柔不断。いざというときは弁天の判断に仲間は従う。彼女は琵琶をかき鳴らして仲間の戦意を鼓舞し、きれいな歌声で人々を酔わすこともする。
「やってみようよ」と弁天がつづける。「赤穂事件、引っかき回してみようじゃないか」
「おう、俺はやるよ」
「おもしろそうだ。ツッコミどころはいくらでもある」
「手はじめにどこから掛かる?」
「あの──」
と船の隅で大人たちの会話をきいていた恵比寿童子が声を出した。
「関東地方もないんですか」
「あん?」
「東京湾がないみたいに、関東地方もまだなかったんですか」
「なかったろうな。それがどうかしたか」
「父さんが関東地方のどこかにいるときいてます。関東地方がないということは、父さんもいないんでしょうか」
「そういうことか」
恵比寿童子が父親に会いたがっているのは皆知っている。神にまでなって父親を恋しがるとはどういうことか。そこのところが大人たちには理解できないが、恋しいものは恋しいのだろう。
「まあ、心配するな」と寿老人がなぐさめを思いつく。「関東地方はなくても、関東はある。関東のうちを探せばいい」
「関東と関東地方は同じものですか」
「逢坂山からこっちが関東だから、だいぶ関東のほうが広いがな。いや、がっかりするな。親父さん探しは、俺たちみんなで助けるよ」
「そのとおりさ」と弁天が童子に言う。「あたしたちが力をあわせて、かならず父さんに会わせてやる。だけど助けてもらうには、おまえも七福神の一員だってところを見せなきゃいけない。いいね、おまえもいまから一働き見せておくれ」
恵比寿童子がうなずいたのを見て、弁天は一同に視線をもどす。
「じゃあ、上陸だよ。まずは、いまが正確にいつで、事態はどこまで進んでるか」
船は品川沖にかかっている。