oi-quot no.13

[2021.7.1 - 2021.7.29]

2021.7.29 thu. link

ボードレールはほとんど読んだことがない。
フランクリンはまったく読んだことがない。
にもかかわらず、ボードレールの教唆に乗ってフランクリンを貶めたい気持ちがある。
――2020.8.23記事
――――
マックス・ウェーバーの書に読者が見出す慰め。
勤勉は善である。その勤勉が資本主義をつくった。したがって資本主義は善である。
だからわたしは悪くない。
――――
歌舞伎を見なくなったのは、『菅原伝授手習鑑』でも『伽蘿先代萩』でもいい、歌舞伎の筋そのものにほとんど生理的な嫌悪を覚えるようになったからである。主家のために我が子を殺すといった歌舞伎特有の美学、江戸の美学は根本的に不健康である。役者がいかに巧まかろうが、私にはとうていついていけないと思った。 ――三浦雅士『石坂洋次郎の逆襲』

2021.7.27 tue. link

雑居ビル1階の飲食店「鹿肉SLOW DOWN」も営業していた。店主の金森洋平さん(45)は「5月まではすべての要請に従い、協力してきた。でも、張り詰めていた気持ちが切れた」と打ち明ける。 ――もう、要請には従わない コロナにも感染した店主の決断(6月30日、朝日新聞デジタル)

新型コロナウイルスに関する4回目の緊急事態宣言が発令中の東京都で、都の要請に従わずに午後8時以降も営業する店舗が増えている。日本経済新聞が新宿などの個人飲食店500店を調べたところ5割超の店舗が時短営業していなかった。時短協力金の支給の遅れなどが店主らの離反を招き、緊急事態宣言の実効性が薄れている。 ――新型コロナ: 都内飲食店の5割超、時短応じず 協力金遅れで離反(7月25日、日本経済新聞)

アナーキーな処世の体験。習得。蔓延。

 戦争がそうだが、不都合なのは命令を与える権力を持っている者たちが、彼らの命令の結果起こる事態を自らの身に引受けることがないという事実である。
「アナーキー」とは、従って、命令を与える者が命令を受ける他の者たちと同じ様にその結果を引受けないような命令には、一切、従わないという態度であろう。 ――ポール・ヴァレリー『純粋および応用アナーキー原理』(恒川邦夫訳)

「アナーキー」の原文は An-archie とのこと。
直訳すれば「抗・支配」か。

数日前の朝日に「夜の街」について小説家の岩井志麻子さんの言葉が載っていた。岩井さんは歌舞伎町に住んでいるそうだが、ある時犬が散歩中に逃げてしまったら、出勤途中のホストやキャバクラ、風俗の子らが次々に追跡に加わり、大騒ぎの末犬は戻り、みんな「よかったね」とすぐ去っていったという。 ――友田健太郎/Tomoda Kentaro on Twitter

2021.7.26 mon. link

莎草ハマスゲで編んだふくろを持つたからの名だと言ふくゞつの民は… ――折口信夫 国文学の発生(第四稿) 唱導的方面を中心として

くぐ【磚子苗・莎草】
①カヤツリグサ科の多年草。西日本から台湾・中国南部に分布。茎は緑色で3稜、高さ30〜50センチメートル。茎頂に多数の花穂を散形につけ、長い苞葉がある。イヌクグ。〈倭名類聚鈔20〉
②シオクグの別称。
③ハマスゲの別称。 ――「くぐ」の検索結果 - 広辞苑無料検索

ハマスゲ - Wikipedia

くぐつ【裹】
①莎草くぐで編んだ袋。藻または貝などを入れるのに用いる。万葉集3「塩干しおひの三津の海女の―持ち玉藻刈るらむいざ行きて見む」
②糸などで編んだ網袋。宇津保物語国譲下「絹綾を糸の―に入れて」 ――「くぐ」の検索結果 - 広辞苑無料検索

くぐつ【傀儡】
①歌に合わせて舞わせるあやつり人形。また、それをあやつる芸人。でく。てくぐつ。かいらい。
②(くぐつの女たちが売色もしたところから)遊女。あそびめ。うかれめ。くぐつめ。 ――同前

ほかひを携へ、くゞつを提げて、行き/\て又行き行く流民の群れが、鮮やかに目に浮んで、消えようとせぬ。 ――折口信夫 国文学の発生(第四稿) 唱導的方面を中心として

ほかひ(ほかい)については、7月24日記事

2021.7.25 sun. link


写真は、ヘルパーさんが撮ってくれたものです。
えらく自信たっぷりの顔をしています。あわてず、騒がず、ゆっくり急がずに時間を待とう。いずれ人間たちは滅びていなくなり、俺たちはこマンションの主人になるのだ、とうそぶいている感じです。写真のタイトルは「あるじ顔の烏」です。(……)
これからの――ポスト・パンデミックの――世界は、今まで目に見えなかった、あるいは、たんに見えないというだけの理由で無視されてきた地球上の生命存在たちがけなげに自己主張する時代が到来すると思います。生命体という有機物が細胞膜を距てて嬉々として交感し合っているのです。 ――わがポスト・パンデミック――烏化佯仙(うかようせん) - 野口武彦 公式サイト

いずれ人間は滅びていなくなる。
その前に自分も死ぬ、たぶん人類の滅亡よりずっと前に。
早いか遅いかの違いだけで、けっきょくは滅びる。
だとしたら、いまの政治や社会にいちいち腹を立てても甲斐はない。
安心のためなら、達観してるのがいいのではないか。
どうせ滅びるなら。

そうと知ったら
みなし児も
帰化した人もせぬ人も
旅のお方も
輪になって踊れ

野口先生のブログは日付が追いにくいのですが、上の記事は2020年6月中旬の投稿。

2021.7.24 sat. link

ほかひ人の一方の大きな部分は、其呪法と演芸とで、諸国に乞食の旅をする時、頭に戴いた霊笥タマケに神霊を容れて歩いたらしい。其霊笥タマケは、ほかひ(行器)――外居ほかゐなど書くのは、平安中期からの誤り――と言はれて、一般の人の旅行具となる程、彼等は流民生活を続けて居た。手に提げ、担ぎ、或は其に腰うちかけて、祝福するのがほかひゞとの表芸であつた。 ――折口信夫 国文学の発生(第四稿) 唱導的方面を中心として

行器(ほかい)
外居とも書き(『江家次第(ごうけしだい)』)、食物を入れて運んだり、旅行のときの必需品を収める器である。形は多く円筒形であるが、角形につくったものもある。合口(あいくち)造りの蓋(ふた)をつけ、外へ反った足を三つつけ、木造で漆を塗ったり、家紋や装飾文様を蒔絵(まきえ)で描いたものがある。胴部以下に横に輪を巡らしたものを葛(かつら)とよんでいる。持ち運ぶときは、太い紐(ひも)を上下にかけて天秤(てんびん)棒で担う。平安初期には用いられ、『保元(ほうげん)物語』に討ち取った首を入れたことが記されているが、近世の能では腰掛に用いている。 ――行器とは - コトバンク

ほかい〔行器〕
丸い筒形で、外ぞりの脚がついた容器。平安時代の外出用の食物の容器。
――行器(ホカイ)とは何? Weblio辞書

2021.7.23 fri. link

恋愛どころか人間関係すら描いてない歌は最高
アルゼンチンバンド良くて、「山からやつらが降りてくる、春の祝祭で痛めた背中で(con su espalda rota en los festejos de primavera)」って歌詞を連呼し続ける歌なんかもある これも大概意味わからんくて素敵 ――ヘンな歌詞の歌

これか。
――――
私どもの祖先の、海岸を逐うて移つた時代 ――折口信夫「古代生活の研究 常世の国」

祖先とか、ルーツとかは、選び取るもの。
折口は常民ではないところにルーツを求めた(7月17日記事)。
上の「海岸を逐うて移つた」は、大江匡房「傀儡子記」の「傀儡子は定居なく、当家なし。穹盧氈帳、水草を逐って移徙す」をなぞっている。

傀儡子はジプシーの末とする白柳秀湖の説。
日本民族文化史考 - 国立国会図書館デジタルコレクション

2021.7.22 thu. link

われ/\のオヤたちの、此の国に移り住んだ大昔は、其を聴きついだ語部カタリベの物語の上でも、やはり大昔の出来事として語られて居る。其本つ国については、先史考古学者や、比較言語学者や、古代史研究家が、若干の旁証を提供することがあるのに過ぎぬ。其子・其孫は、オヤの渡らぬ先の国を、わづかに聞き知つて居たであらう。併し、其さへ直ぐに忘られて、唯残るは、父祖の口から吹き込まれた、本つ国に関する恋慕の心である。その千年・二千年前の祖々を動して居た力は、今も尚、われ/\の心に生きて居ると信じる。 ――折口信夫「妣が国へ・常世へ」(青空文庫

共時的な分析から得た構造を生成過程(歴史)とみなすこと。
関連記事: link

書物の丁づけ通りに、歴史が開展して来たものと信じて居る方々には、初めから向かぬお話をして居るのである。常世トコヨと言ふ語の、記・紀などの古書に出た順序を、直様すぐさま意義分化の順序だ、との早合点に固執して貰うて居ては、甚だお話がしにくいのである。ともあれ、海のあなたに、常世トコヨの国を考へる様になつてからの新しい民譚が、古い人々の上にかけられて居ることが多いのだ、とさう思ふのである。 ――同前

浦島子も、雄略朝などのつがもない昔人でなく、実はやはり、初期万葉びとの空想が、此迄あつたわたつみの国の物語に、はなやかな衣を着せたのであらう。「春の日の霞める時に、澄岸に出で居て、釣り舟のとをらふ見れば」と言ふ、語部の口うつしの様な、のどかな韻律を持つたあの歌が纏り、民謡として行はれ始めたものと思ふ。――同前

2021.7.20 tue. link

変な趣味がある人はたくさん見てきたけど、前に派遣先で知り合った「駅前の市役所出張所で毎週自分の住民票のコピーを200円で買いコレクションして楽しんでいる」オッサンに勝てる変態はなかなかいない。ちなみにそのオッサンに「何が楽しいの」と訊いたら「市長の変わり目が最高」と言っていた ――339966 - 変な趣味がある人はたくさん見て...

存在の根拠を確かめる、といったことか。
住民票によって保証される私。第三者に対して私を保証してくれるだけでなく、私に対して私を保証してくれる。
ほらね、今週も私はここに。
市長が代わっても、私は私。
――――
ゲームをしている時、「なんか偏ってる。コレ乱数操作されてねぇ?」と思ったら、それは操作されていない本当の乱数である。人間の感覚は、フェアな乱数がもたらす偏りを許容できないことが実験から分かっている。 ――339966 - yasaiitame:“ゲームをしている時...

なるほど、そういうことか。
bot の動きが不審で、乱数を疑っていたのだが。

2021.7.18 sun. link

折口信夫のエッセイ「ごろつきの話」および「無頼の徒の芸術」に拠ったコンパクト日本史。

「ごろつきの話」では、「無頼」を「ごろつき」と読ませ、うかれ人、ほかい人、野ぶし、山ぶし、念仏聖、虚無僧、くぐつ、すり、すっぱ、らっぱ、がんどう(強盗)、博徒、侠客、かぶき者、あぶれ者、町やっこ、舞々・舞太夫、しょろり・そろり、無宿者・無職者、これらの総称としている。

日本には古くから「うかれ人」の団体があり、異郷の信仰と異風の芸術(歌舞、偶人劇)を持って各地を浮浪していた。その後、海路・陸路の要地に定住するようにもなり、女人は売色にも従事した。
平安末期から「うかれ人」とは起源の異なる「ほかい人」が浮浪の群れに入ってくる。貴族勢力の失墜にあわせて衰退に向かった社寺勢力のもとから逃げ出した奴隷層が「ほかい人」。彼らは山伏・唱門師の態をとって巡遊した。
さらに同じころ目立ってきた別の浮浪者があり、諸方の豪族の子弟のうち惣領の土地を分けてもらえなかった者、あるいは戦争に負けて土地を奪われた者などが、新しい土地を求めて彷徨した。これが武士の起源。「武」という字をあてたためわかりにくくなったが、語源は「野伏し」、「山伏し」であろう。
これらそれぞれの起源はちがっても、いずれも食うための浮浪なので、たがいに入り混じったり職を変えたりすることに躊躇はなかった。

平安期の武官と後世の武士は異なる。武官は結局のところ文官と同じ中央官僚だが、武士は地方から出た。
武官と武士が一時的に一致していたのが平家。

武家が土地に執着した時期と執着の薄かった時期がある。
本来の武家の性格はあきらかで、合戦記などを見れば、ある者が旗揚げして国々を歩くうちに、おおぜいが付き従って、最後に行きついた先で生活する。
木曽義仲が信濃を歩くと、それに従って都にまで入り、それきり信濃へはもどらずに都で果ててしまう。
相州小田原の早川氏が中国に移って、小早川の家を開く。
伯耆の名和氏は懐良親王について九州にくだり、八代あたりを根拠地として、遠く琉球までわたっている。
応仁の乱などがあると、どこからともなくどかどかと人がやってくる。
大阪冬の陣・夏の陣などにもごろつきが集まってくる。一人ずつ来るのではなく、親分格の者がおおぜいを引き連れてやってくる。

ごろつきが最も活発に動いたのは戦国末期。
歌舞伎の起原譚に名前の出てくる名古屋山三は、この時期のかぶき者、すなわちごろつき。山三は幸若舞いの舞太夫だったのではないか。伝説によると山三は蒲生氏郷の寵を受けた有名な美少年で、やはり当時の有名な美少年に豊臣秀次の愛を受けた不破伴作がいる。伴作も山三と同じくごろつきで、彼らが主君に取り入る手段のひとつが男色であった。

北条早雲の出身は確かではない。伊勢関氏の分かれというが、らっぱではないか。さらにさかのぼると、叡山・山王の信仰を伝え歩いた山伏あるいは唱門師とも見られ、戦国のころ東に出てきて、庸兵となつて歩いたらしい。
ばさら的・かぶき者的武将の代表に織田信長。
蜂須賀家の祖先小六はらっぱの頭領。
その小六に一時つかえた豊臣秀吉が、後には逆に小六を取り立てた。すなわち秀吉も、らっぱ出身。
徳川氏も、その始祖は放浪の僧。南北朝の新田氏につながる者が遊行派の念仏聖として諸方を流浪したのち、山間の小領主であった松平に婿入りした。三河の山間に今も多くの芸能が保存されているのは、この地方に徳川とかかわりを持った者が多く、徳川氏の時代になって手厚い保護を受けるようになったから。

徳川初期まで生き残った大名で、傭兵としてごろつきの力を借りなかった者はほとんどいない。
けれども、関ヶ原戦や大坂冬・夏の陣を経て世の中が落ち着くと、徳川氏や諸大名はごろつきの活動を抑えにかかる。傭兵的な働きをしたごろつきのうち、家人として落ち着いた者や村落に土着して郷士となった者などを除くと、都会に集まってくるしかなく、その中から親分・子分の関係を生かした人入れ稼業が生まれた。またこの層がつくりだした奴風俗は、そのモダン風味の刺激から旗本奴を生み、影響は京都の公家や宮中の女性にまで及んだ。
その他のごろつきは、芸能者、売色業、博徒・侠客などとして江戸期を過ごした。
江戸の文学も無頼の徒が生んだ。近松、西鶴、芭蕉にも無頼の味がある。

2021.7.17 sat. link

 安藤 柳田の言う、いわゆる「常民」とは、ミドルクラスの上とういことですね。
 富岡 生産にかかわって定住し、きちんと堅気さんの生活をしている人。折口にはそういうところが、どこかで欠落していますね。
 安藤 折口には、それがないのです。「ない」というと語弊があるかも知れませんが、本人の気持ち、あるいは本人の生き方としてそうだった。
 富岡 常民ではないところにルーツを探りたいと思っているところがあるでしょう。
 安藤 柳田國男も、本来興味をもっていたのはそちらのほうだったと思います。「山人論」ですから。だからこそ、折口信夫は接近していったのに、折口がそういうことを書き始めると、柳田が抑圧するということがあった。
 富岡 せっかく書いても雑誌に載せないとか。
 安藤 あの仕打ちはひどいですよね。しかもその論考は「まれびと」論の中核となるものでしたから。 ――富岡多恵子・安藤礼二『折口信夫の青春』

「まれびと論の中核となるもの」とは、『折口信夫全集』で第1巻の冒頭に置かれることになる「国文学の発生(第三稿)」のこと。

究極の起源とか根拠といったものはない。
いくら遡っても、人がそこに行き着くことはない。
起源や根拠が欲しければ、選ぶか作るか。
何を選ぶか、どう作るかは、それぞれの事情による。事情とは、気質、体質、生活、世間での立場、など。
折口は常民ではないところにルーツを求めようとした(富岡)。

 安藤 やはり、折口信夫の思想もまたアナーキズムなのだと思います。折口信夫の生涯をたどっても、ホモセクシャルを認めていない時代に、結婚をせず、弟子たちと共同生活を送るというのは、世間からずいぶんと高い圧力を受けることだったと思うのです。 ――同前

はじめの安藤の言にあるように、柳田國男もアナキズムの志向があったらしい。
そのことが見えにくいのは、柳田がしばしばソースを隠したから。そのうちでも最大の隠し事がクロポトキンという。

柳田には、橋川文三が言う「réticence(闕語けつご法)」(「柳田国男拾遺」一九六四年)の癖があることは知られており、参照文献などを隠していることも頻繁である。柳田研究はそれを探し当てることに腐心してきたのではなかったか。われわれの考えでは、クロポトキンこそ柳田の最大の「闕語」なのである。 ――絓秀実・木藤亮太『アナキスト民俗学――尊皇の官僚・柳田国男』

2021.7.15 thu. link

折口信夫「昭和職人歌」の冒頭の一首。題は「さんか」。

 山住みの 心安さよ。
ぬすみ来し 里のカケロも、
  痩せて居にけり

歌集『春のことぶれ』のうち「昭和職人歌」36首で歌われた職人は、さんかのほか、木地屋、教授、軍人、辻碁うち、ゑいとれす(ウェイトレス)、朝鮮人足、失業人、自由労働者(フリーター)、鍛工、怠業工人(サボタージュ中の工場労働者)。歌の数では、失業人8首、自由労働者5首、怠業工人3首などの順。
これらはマルクスの用語をあてればルンペン・プロレタリアにあたる。マルクスが『ルイ・ボナパルトのブリュメール十八日』であげたその顔ぶれは、

浮浪人、元兵士、元懲役囚、徒刑場からにげてきた苦役囚、ぺてん師、香具師、たちん坊、すり、手品師、ばくち打ち、ぜげん、女郎屋の主人、荷かつぎ、文士、風琴ひき、くずひろい、とぎや、いかけや、こじき、一口にいえば、あいまいな、ばらばらの、あちこちになげだされた大衆、フランス人がラ・ボエームとよんでいる連中

ともに浮浪的な階層に言及しながら、折口は共感を示し、マルクスは罵倒した。

2021.7.14 wed. link

革命記念日、か
シャンゼリゼ、の、両側に
月が出ている
人はどうして記念するのか
その日を共有するため? そうなのだろうな、でも何のために
月は右側の月が倍ほども大きい
――――
去年8月、シカゴで暴動、略奪あり。跳ね橋をあげてダウンタウンへの交通を遮断。
関連記事: 2020年8月13日2020年8月14日

2021.7.13 tue. link

昨日の発見
ああ、それらの頑丈なサンダル、ウェアラブルサンダル!
wearable sandal、履けるサンダル!

履けるサンダルというものがあるなら、坐れる椅子もあるだろう。
であるならば、岡本太郎の「坐ることを拒否する椅子」もひっくり返せる。
実物として提示するのも容易で、デュシャンの「泉」より安上がり。
ということで、履ける靴とか履けるサンダルとかの概念をオリジナルな発見と思い込んだのだが、調べてみたらとうの以前から履き物業界の用語であったらしい。
いっぽうでは、「坐ることを拒否する椅子」も商品として売られていて、市場や商業との我が距離よ。

2021.7.12 mon. link

しかしベケットはやるとなったら金が必要だったか許可が必要だったかとにかく面倒だったらしく、かといって黙ってやるというわけにも行かず、結局わたしが頭から書くという事になり、それを A さんが演出して、二人で出た。 ――山下澄人「腹の犬、異文。猫の腹」(『文學界』2021年6月号)

はやり歌をうっかり公開の場で歌ってしまう等。
無意識のうちのパブリックドメイン感。
ここで問題になっているのはベケットの『ゴドーを待ちながら』。発想の基盤にまで染み込んだ流行り物は自身の発想と見分けがたく、他者の著作物であることを忘れてしまう。
さらに染み付いて自他が一体化してしまえば、もう出典をしるす必要はなくなるのだが。

有名な千里眼、ソソストリス夫人は
たちの悪い風邪をひいていたが、どうして、
ヨーロッパきっての占い師で通り、
人の悪いトランプ遊びをいたします。はい、これが、
あなたのカード、水死したフェニキアの水夫です。
(この真珠こそありし日のおんまなこ、ほら!)
これがかの石女うまずめのベラドンナ、
どんな場面でも演じてのけます。
ここに三叉のしやくを持つ男、これが車の輪。
これは片目の商人。白紙のカードは
彼が背負ってあるくものですが、
私が見ると罰があたります。
逆さ吊りの男が見当たりませんね。お気をつけになって、水死の相がありますよ。

何かおもしろいですよね
T・S・エリオットという人です
え! キャッツの! 原作者なんですか!
ほうほう、バーブラ・ストライサンドの歌ってる? メモリーですね、聞いてみます ――同前

前半はエリオットの「荒地」。大修館書店『荒地・ゲロンチョン』からの引用という。

2021.7.11 sun. link

「そういうことするのって、中国人とかでしょ」
と女が言う。
殺し屋が彼女を殺そうとしている。
その殺し屋にむかって女は言っている。そんなことをするのは中国人だろう、と。
ナイフを使う殺し屋である。部屋のなかには、すでに彼女の夫と息子が血だらけの死体となってころがっている。
殺し屋は報復の依頼を受けてやってきた。
女の息子がホームレスにガソリンをかけて焼き殺していたのだった。
ホームレス仲間が金を集めて殺し屋に殺害を頼んできた。息子はまだ少年だから警察につかまっても罰は軽い。それよりは殺す。そのさいは家族全員を殺せ。それが仲間らの依頼だった。
「三人も殺したら警察は必死で捜査する。すぐ捕まるわよ」と女は言う。
いまどきそんな事件は珍しくない、と殺し屋は応じる。強盗に入って数万円を奪うのに家族を皆殺しにするやつらだって多い、と。対して女の言ったのが、「そういうことをするのは中国人」。

伊坂幸太郎の『ゴールデンスランバー』(昨日の記事の写真参照)が見当たらず、かわりに『グラスホッパー』を再読。上は巻頭からまもないあたりの一場面。
女は難を逃れようとさらに試みる。
「あなた、女にも手を出すわけ?」
彼女の頭でどのような思考が展開されたのかは不明――と作者はしらばくれているが、息子がホームレスを焼き殺したこと、彼女の中国人に対する意識の持ち方、自分の利益のために女性の弱者性を持ち出すこと、と彼らの精神のあり方は一貫している。

2021.7.10 sat. link

きっかけはこれ。
忠田友幸『下水道映画を探検する』

去年の春、三省堂本店の新書売り場でこの本が平積みになっていた。
黒いカバーで、三方の切り口も黒。
なぜ切り口が黒いかというと、本文がこんな↓デザインだから。


内容は、下水道の登場する映画59本を取り上げ、映画そのものを紹介するとともに、それぞれの下水道の実相にも迫ったもの。著者は名古屋市下水道局に技師として入局し、定年まで上下水道業務にかかわった専門家。
おもしろそうだから買うことにして、さらに見ると同じ出版社の同じ体裁の本がもう一冊、やはり平積みになっている。
木澤佐登志『ニック・ランドと新反動主義』
ついでに買ったこの本によって、下水道という物理的なアンダーグラウンドからバーチャルなアンダーグラウンドへ興味がシフト、ウェブの暗黒面とか現代社会思想とかの本が読まないまま積み上がっていくことに。

よそへの水路を開いてくれた下水道本は、いまだ手付かず。

2021.7.9 fri. link

アナキズムを無政府主義と訳すべきではない。
政府や国家はある。それらがなくては人間社会はやっていけない。それらがない社会を夢想するのではなく、それらの存在は認めた上で、だがそれらを信じるなという戒め、それをアナキズムという。

谷岡ヤスジ「アギャギャーマン」
――――
一昨日の記事→昨日の詩
アナキズム→国家は移動する民(ジプシー、遊牧民)を嫌う→くぐつ→水草を追って移徒す→水棲の記憶→じつは鮫だった

2021.7.8 thu. link

そうはいっても
こちらにも
かすかな記憶はあって
な!
と逆に問われたら
うろたえないわけではない
帰ろうぜ!
と誘われたら
どうなることか
こいつらと一緒に
水棲にもどる
道をたずねて
旅に出るのだろうか
落日に
―― ああ、血の色だよ ――
染まる海辺で
目を尖らせて
睨み合うおれたちは
たがいに
鮫だった昔の面影を
読み取ろうと
いや、すでに
読み取ったのだが

2021.7.7 wed. link

自立のスピリット vs. 自助の義務

アナキズムに関心を寄せる人間の立場から言わせてもらえば、プチ・ブルジョアジーを潰してしまったら、その国の民主主義は摩滅する(デヴィッド・グレーバーは「アナキズムと民主主義はおおむね同じものである」と書いた)。「小規模自作農と小店主が幅をきかせている社会は、今までに考案されたいかなる経済システムよりも、平等性と生産手段の大衆所有制にいちばん近づいている」とスコットも書いているとおりだ。自立のスピリットが潰され、自助の義務だけが残る社会はどれどほ抑圧的だろう。 ――ブレイディみかこ『アナーキック・エンパシー』第8回(『文學界』2020年12月号)

デヴィッド・グレーバーはアメリカの人類学者。『ブルシット・ジョブ──クソどうでもいい仕事』の著者。
スコットとはアメリカの政治学者・人類学者ジェームズ・C・スコット。著書に『実践 日々のアナキズム――世界に抗う土着の秩序の作り方』

スコットがプチ・ブルジョアジーを評価する大きな理由は、彼らは国家が張る網の目に絡められることなく、庶民階級でありながらも、自立と自治により近い生き方ができる立場にあるからだ。例えば、働く時間や休みを自分で決められるというのは人間の個人的自治の一つである。主権在我(生きる主権は我にあり)状態に近いライフスタイルを彼らは持っている。過去数十年にわたって、米国の世論調査で産業部門の労働者たちに「どんな仕事が工場労働より好ましいか」と聞くと、一貫して高い比率の人々が、商店かレストランの経営、または農業をしたいと答えてきたとスコットは指摘する。 ――同前

小規模の活動は、政治による規制や強制に抵抗することができるのだ。この意味で、国家は移動する民(ジプシー、遊牧民、巡回商人など)を嫌ってきた。 ――同前

2021.7.6 tue. link

夕陽に赤黒く彩られた鎌倉の切り通しを、大谷直子が女の子の手を引いてやってくる。
やがて私・藤田敏八の家の玄関に現れる二人。
玄関の土間に立ったまま大谷はしばらく何も言わないが、用件はわかっている。彼女の亡夫・原田芳雄が貸したレコードを返してほしい。これまでにも一、二度、大谷は同じことを言ってきているが、私・藤田にはおぼえがない。

鈴木清順『ツィゴイネルワイゼン』のうちでも、強く記憶に残ったのが上の箇所。かつ、監督の狙いどおりに震え上がったのもここ。あまりの怖さに、つい再生を繰り返したりもした。
この映画は20年ほど前に義弟から借りた VHS で見た。
テレビ放映を録画したもので画質が悪く、そのせいもあってか夕景の赤色が画面全体ににじんで悪夢を思わせた。
同じ夕色が藤田家の玄関にも差し込んで、無言の大谷を不気味なものに見せる。冒頭から少しずつ怖さを積み重ねて観客を最終的な恐怖に追い込むような演出の作だが、自分にとってはこの玄関の場面がクライマックス。
視覚的な効果に加えでストーリーにも伏線が張り巡らされ、たとえばこの場面につながるものとしては、大谷のつれている女の子(6歳)が私(藤田)の子である可能性を示唆する出来事も描かれていて、この点でも私(観客)の後ろめたさを呼び起こす。
と、自分はこのように映画『ツィゴイネルワイゼン』の山場を記憶していたのだが、――

動画配信サービスで『ツィゴイネルワイゼン』を見直した。
結論を先に言うと、上のような場面はなかった。
鎌倉の切り通しは何度も出てきた。切り通しの道を藤田敏八が一人で歩くこともあり、大谷が子をつれて歩くこともあり、藤田と大谷母子が出会うこともあったが、切り通しの道が夕陽に赤く染まっていたことは一度もない。
母子が並んで玄関の土間に立っていたイメージも誤り。女の子は玄関に入るのを嫌がって、いつも外にとどまっていた。
玄関のうちが赤く染まっていたというのも偽記憶。玄関はただ暗かっただけ。
これらの記憶が誤りなのだから、「監督の狙いどおりに震え上がった」とするのもつじつま合わせ、後日に行われた記憶の改変でなければならない。

記憶違いはまだあって、女の子が私・藤田の子である可能性も、大谷直子の言葉で否定される。
大谷の言にしたがえば、女の子は原田芳雄が先妻に生ませた実子。先妻の死後、乳母としてやとわれた大谷が原田の後妻におさまって女の子の継母となった。そして大谷は言うには、
「この子は私が育てます。中砂にわたすものではありません」
中砂とは原田芳雄の役名。死んだ中砂=原田は女の子の夢のなかで女の子と交信しているらしく、大谷はそのことが気に入らない。

何度もリピートしたはずの場面をこうも誤って記憶しているとは、どういうことか。
あるいは、リピートしたということがすでに偽記憶か。

付。上の大谷の台詞は、原作(内田百閒「サラサーテの盤」)の人物の台詞をほぼ踏襲している。
原作では次のごとし。漢字かな遣いは改変。
「中砂は亡くなってみればもう私のご亭主ではないと、このごろそれがはっきりしてまいりました。きっと死んだ奥さんのところへ行っております。そんな人なんでございますよ。私は世間のふつうのご夫婦のように、後に取り残されたのではなく、中砂は残してきたなどとは思っていませんでしょう。でもこの子がかわいそうでございますから、きっと私の手で育てます。中砂にわたすことではございません」

2021.7.4 sun. link

本は適当に開いて適当に読む。
すると向こうから読むべきところが飛び込んでくる。

手の届かぬものには眼を覆うこと、自分に可能なことがらを善と美の尺度とすること、自分には判らない価値は否定すること、これがルサンチマンを抱く人間であり、これが彼の「生体的オルガニツシユ虚偽」である。諸価値の位階を歪曲し、自分が崇敬してきたものを焼き捨てることで、彼はその新たな一覧表には忠誠を尽くすことだろう。シェーラーの深遠な言葉によると、ひとたび嘘をついたなら、「このような思い違いをしている人間はもはや嘘をつく必要がない」のである。 ――メルロ=ポンティ「キリスト教徒ルサンチマン」(合田正人訳『ヒューマニズムとテロ』)

「生体的」は「意識的」の対義語、「体質的」と言い換えてもよい、と訳者。

障害を有する者が、自分の健康が失われたという理由で病気の価値を肯定するとき、その病人は病気の価値を肯定的に認めているわけではない。そうではなく、彼は健康の価値を認めないことに成功しているだけなのだ。 ――同前

2021.7.3 sat. link

自分に自我の目覚めとかあったのか。
なかったとは思えない。
だが、いつごろそんなことがあったのか。いつ、どんなふうにあったのか。
自我が目覚めたとして、それによって何が変わったか。

戸川純の場合。
「夜がいいなと思い始めたのは、自我の目覚めの時期。よくある思春期とかのちょっと前くらい」(『戸川純全歌詞解説集』)。
――――
短編型の自覚。
長い読み物を頭から最後まで通して読もうとしてはならない。
本は適当に開いて、適当に読む。それでいい。

温暖が回復するにつれて、北極性の種類は北方にむけてしりぞき、それより温暖な地域の生物がその退却のすぐあとをつけてきた。雪は山麓からとけだしてくるので、北極性の種類は、雪がとけて生物のいない土地をまず占拠し、暖気がますにつれて、同胞が北方への旅をつづけているあいだに、しだいに高所にのぼりつづける、それゆえ、温暖が完全に回復したときには、最近まで旧世界と新世界の低地に一体となって生活していた同一の北極性の種が、遠く離れた山々の頂上(低い山ではすべて絶滅してしまったが)と〔東西〕両半球の北極地方とに孤立してのこされるようになったであろう。 ――ダーウィン『種の起源』第十一章(八杉龍一訳)

なるほど、たんに環境が似てるから植生が似るのではなく、そこに至る歴史がある、と。
――――
メアリーの場合は、足の光が狩野は (脚だけ) 輝いて、
ギャグことは、太洋 ((はギャグ)) 供給するするものですか (時々)、
それは U ((左)) 、通知することもされる。窯。
――月に無実の蝶竹ボート|mataji|note

2021.7.2 fri. link

彰義隊と海援隊が戦って、最終的に彰義隊の側が勝つ。
そういう映画の企画があったという。

 今度東映で中止になった映画はどんな作品になさるおつもりだったんですか。
鈴木 最初は海援隊、彰義隊若し戦わば、と言うのが頭にありました。フォークの名が海援隊ですから、田舎者と江戸っ子の戦争です。田舎者が二十歳、江戸っ子が三十歳、年齢を相当意識しました。舞台はトルコ風呂だらけの今の吉原でただ一軒残った女郎屋で、これは江戸っ子のもち物です。そこで死んでいる母親にあたかも生きているようにつかえる江戸っ子と、母親を捨てて上京した田舎者たちの観念の戦争がはじまり、結局江戸っ子は敗れ、束の間田舎者が凱歌をあげるのですが、そこに十歳の子供が現れて、これが純正の右翼で、具体的な暴力をふるって田舎者を殺す、ということで、筋を話しても分らないでしょう。一口で言って分らない映画は駄目ですね。反省してます。 ――菅孝行・鈴木清順「対談:荒ごとの世界」(鈴木清順『夢と祈祷師』所収)

フォークの名が海援隊ですから、田舎者と江戸っ子の戦争です。
というのだから、この田舎者のイメージは多くを武田鉄矢に負っているはず。
対談が行われたのが1974年10月。海援隊はこの年、「母に捧げるバラード」で紅白歌合戦に初出場。
映画が成功してこの時点で海援隊をつぶしていたら、逆上っては明治維新を転倒でき、下っては今にいたるまで武田の説教顔を拝まされる世界にわれわれが置かれることもなかったのだが。

えっ! つぶれた企画は武田鉄矢の出演する「母に捧げるバラード」だったと?

ジャーナリストの竹中労が1974年に映画が撮れるよう鈴木を東映に橋渡ししたが、東映の幹部が岡田茂東映社長に企画を上げるまでに全部潰し、唯一通った武田鉄矢映画初出演を予定していた『母に捧げるバラード』は鈴木監督の映画復帰作として公表されたが、東映での初主演をオファーされていた岡田裕介が脚本を読み、父の岡田茂東映社長と揉め、企画が潰れた。 ――鈴木清順 - Wikipedia

2021.7.1 thu. link

初めにフィクションがあり、それが固定化されたところにリアリティがある。リアリティはさらに異質のフィクションを含まない限り、哲学的にも社会的にも最も危険なしろものである。映画作家のみでなく、映画観客、ひいては映画を見ない日本人全体にフィクションの欠乏があり、更に「つくりごと」「現実にないもの」果ては「うそ」といって軽蔑する。どうして日本人は「うそ」を「現実」の上に置いてかんがえられないのだろう。 ――鈴木清順「雷同者――『うそ』を描きつづける理由」(鈴木清順『けんかえれじい』、三一書房)

「日本人」に限定する必要はない。たんに「人」でいい。

むしろ問題は、人々が「フィクション」をもはや信じることができないでいることなのかもしれない。現在のインターネットは、個々が信じる「真実」で渦巻いている。そのような状況下で、「物語」を多元的な「フィクション」=可能世界に返してやることは、果たしてできるだろうか。言い換えれば、私たちは「フィクション」をもう一度本気で信じることができるだろうか。 ――木澤佐登志『ダークウェブ・アンダーグラウンド』

全ての人間はフィクションを生きている。人間はフィクションを通して現実に触れている。フィクションが認識を規定し、フィクションが人間を規定している。世界とはフィクションを通して触れられた現実の名であり、時代とは、変わり続ける世界≒フィクションの、ある特定の瞬間に与えられた名のことである。 ――樋口恭介『すべて名もなき未来』
――――
月が昇った。
アラビア人が現れた。
また月が昇った。
旅人が現れた。
アラビア人は鞭を振り回した。
風が吹いた。
旅人は出発した。